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『開目抄』 

『開目抄』  文永9年2月  51歳  御書563㌻

(聖寿805年3月1日 朔日講)

永遠の幸福を築く「孝養の教え」 法に流れる慈悲の光

はじめに

春の彼岸を迎え、亡き父母・先祖を偲び、改めて「回向(えこう)」の意義を深く思う時節となりました。

追善供養の場において、私たちは何をもって亡き方々に最も喜ばれる供養を捧げることができるのでしょうか。また、残された私たちは、どのような信心によって、亡き方々への報恩と、自身の永遠の幸福を同時に築いていけるのでしょうか。

そこで今月は、『開目抄』に示される法華経の功徳、そして「内典の孝経」としての法華経の尊さを皆さまと共に拝し、彼岸の折にこそ確信したい「最高の孝養」について学んでまいりたいと思います。

1.『開目抄』の御文

法華経は「内典の孝経」

今月の拝読御書の『開目抄』には、

今、法華経の時こそ、女人成仏の時、悲母の成仏も顕はれ、達多の悪人成仏の時、慈父の成仏も顕はるれ。此の経は内典の孝経なり (御書563㌻)

とあります。現代語では、

《女性の幸福を叶える教え=法華経》

法華経が説かれた時が、真実の女人成仏の時であり、この時に非母の成仏も顕かになり、悪人である提婆達多の成仏が説かれた時に、慈父の成仏も顕らかになりました。ゆえに法華経は、仏典の中でも最も尊く、まさに“孝養の教え〟なのです。

と拝せられます。

この一節は、法華経が、女人・悪人をはじめあらゆる衆生の成仏を明らかにし、その成仏が、悲母(母)・慈父(父)にまで及ぶことを示されています。すなわち法華経こそが、すべての人々を救い、亡き父母・先祖への追善供養においても、最も有り難い回向となるゆえんです。

大聖人様は、これらの功徳ゆえに、法華経を「内典(仏教)の孝経(孝行の教典)」であると仰せです。世間一般の親孝行ももちろん大切ですが、仏法で説く「孝養」はさらに深く、永遠に続くものです。

『刑部左衛門尉女房御返事』では、

「父母に御孝養の意あらん人々は法華経を贈り給ふべし」 (御書1,506㌻)

と仰せになり、

『上野殿御消息』では、

「法華経を持つ人は父と母との恩を報ずるなり。我が心には報ずると思はねども、此の経の力にて報ずるなり」 (御書923㌻)

と仰せになり、法華経の偉大さ、妙法の功徳を教えてくださっております。

これらの御文からおわかりいただけるように、自身が御本尊様をお守りし、妙法を唱え、仏様のお心に少しでも近づいていくこと。それが父母への感謝となり、最も尊い孝養となるのです。

また既に亡くなられた父母・先祖への最高の回向となります。なぜなら、自分と親の生命は、過去・現在・未来の三世にわたって深く結びついているからです。

自分が幸福になることが、そのまま親の喜びとなり、親の成仏へと直結する。この「ー生成仏」の道こそが、最高の親孝行に他なりません。

2.女人成仏が明かす「命の尊さ」

法華経が説かれる以前の諸経典では、女性が成仏することは極めて困難であるとされてきました。しかし、法華経の「提婆達多品第十二」に至り、8歳の竜女が瞬時に成仏の姿を示したことで、その偏見は根底から覆されました。

(※女人成仏の詳細については、「向陽」日蓮大聖人御生誕803年12月号 <通巻288号>をご参照ください)

法華経において明かされた「十界互具・一念三千」の法理は、「全ての人々の成仏」、すなわち、あらゆる生命の奥底には等しく仏の生命(仏性)が具わっている、と説くものであり、究極の平等を実現する教えなのです。大聖人様が「今、法華経の時こそ、女人成仏の時」と仰せになられたのは、単に「女性も救われる」という原理だけを述べられたのではありません。「今、この瞬間、あなたの生命がそのまま仏である」という私たち衆生の生命に具わる「絶対の尊厳」を教えてくださったものです。

女性の成仏が明確になることで、その母である「悲母」の成仏もまた明らかになります。母が救われ、女性が輝く時、家庭も社会も明るい光に照らされます。この「女人成仏」の法理こそが、現代における女性の幸福と、ひいては全人類の尊厳を守る柱となるものである、といっても過言ではありません。

3.悪人成仏が教える、「悪を義へと転換させるカ」

御文には続けて「達多(提婆達多)の悪人成仏の時、慈父の成仏も顕はるれ」とあります。釈尊の弟子でありながら背き、命まで狙った提波女達多は、いわば「悪人」の代表のような存在でした。しかし、法華経ではその提婆達多でさえも、未来に成仏することが約束されました。

これこそが仏様の大慈大悲の教えであり、仏様のおカ(仏力)の大きさを示されるものです。「どんな過去があろうとも、どんなに深い苦悩の中にいようとも、たとえ悪しきことであっても、妙法を持つならば、価値あるものへと変えていける」という極理が示されたものです。

繰り返し申し上げます。生まれや現在おかれている環境は、過去世の因縁であり、それを変えることは不可能と運命論的な考えに執われるか、そうではなく、与えられた使命、望んでここに在る、と捉えるかによって明日が変わることを教えて下さるものです。生まれながらにして直面するさまざまな困難は、決して避けるべき「罰」ではありません。大聖人様の仏法においては、それらをも自らの使命へと変えていくことができます。

「私の宿命は自ら選んだ生命である」と自覚し、立ち上がること。その力強い歩みこそが、亡き父(慈父)をも成仏へと導く、真の「孝養」の姿となるのです。

4.今を生きる私たちへの指針

私たちは今、かってない激動の時代を生きています。日々の生活の中で、先行きの見えない不安や、家族・人間関係の悩みに直面することも少なくありません。しかし、私たちが日々拝読する日蓮大聖人様の御教えには、どのような苦難をも乗り越え、自らの人生を自らの力で切り拓いていくための指針が示されています。

大聖人様の御教えの真髄は、「生まれ持った境遇(性別や環境)」「消し去りたい過去(過ちや罪悪感)」に縛られている人々に向かって、「それはあなたの可能性を奪うものではない」と断言され、それを解決する方法をお示しくださっている点にあると拝します

周囲から貼られた「レッテル」や、自分ではどうにもならない「不運な巡り合わせ」さえも、自身の生き方次第で、これからの人生を輝かせるための大切な糧に変えていける、そう教えてくださっているのです。

5.自らの生命を「折伏」で輝かせる

さて、私たちはどのようにしてこの「女人成仏」「悪人成仏」の法理を、日々の生活に活かしていくべきでしょうか。

その鍵は、自らの「生命」「使命」の文脈で捉え直すことにあります。

苦難に直面したとき、「なぜ私だけが」と沈むのではなく、「この試練を乗り越える姿を見せることで、同じ境遇にある人々の希望になろう」と心したその瞬間、私たちの生命は、受動的な「生命」から、自ら選んだ「折伏」の生命へと生まれ変わります。

大聖人様は『四条金吾殿女房御返事』で、

「三十三のやく(厄)は転じて三十三のさいは(幸)ひとならせ給ふべし」 (御書757㌻)

と教えてくださっています。

このお言葉から、私たちの妙法は、マイナスをゼ口にするだけのものではありません。マイナスが大きければ大きいほど、それを転換した時の光はより強く、より多くの人々を照らすカとなることがわかります。

6.檀信徒の皆さまへ

「今、この時」を拓(ひら)く信心

最後に、皆様にお伝えしたいことがあります。

法華経に説かれる「成仏」とは、どこか遠い世界の話ではありません。また、死後の世界のことだけでもありません。今、この場所で、目の前の現実に勇敢に立ち向かうその心の中に、仏の生命は脈動しています。苦しい時にこそ題目を唱え、一歩前へ踏み出す。その姿こそが、法華経の「女人成仏」を証明する姿であり、亡き父母への「孝養」の実践そのものなのです。

この「今」という一瞬を大切にしましょう。大聖人様の御振舞を仰ぎ、妙法の広大な功徳を確信して、自らの人生という最高のドラマを主体者として堂々と演じきってまいりましよう。

【妙法を信仰していない皆さまへ】

最後になりましたが、妙法を信仰していない皆さまに一言申し上げます。ここまで目を通していただきありがとうございます。もう少しで終わりますので最後までお付き合いください。

この度佛乘寺の檀家から、「自分の可能性を信じよう」といわれ、お寺に誘われたかもしれません。しかし、一人でそれを貫き通すのは、決して簡単なことではありません。日々、現実に振り回され、心が折れそうになる時、自分を信じ抜くことができなくなるのは、とても自然なことです。

だからこそ、私たちは「信仰」という杖を必要とするのだと思います。

日蓮大聖人の御教えは、決して私たちを突き放すものではありません。大聖人様は、私たちが苦しい時も、迷いの中にいる時も、常に慈愛の眼差しで見守り、生命の根底から支え、導いてくださる存在です。

自分一人の力では壁を越えられないと感じる時こそ、大聖人様を信じ、その大きな慈愛に心を開いてみてください。あなたが自分の足で立ち上がり、前を向けるよう、大聖人様が必ず全霊でサポートしてくださいます。「一人ではない」という安心感こそが、本当の意味で自分を信じる勇気へと変わります。

どんな時も寄り添ってくださる温かな光と共に、あなた自身の生命を最高に輝かせる旅を、ここから一緒に始めてみませんか。佛乘寺は、いつでもお待ちしております。いつまでもお待ちしております。ご一緒に幸せに向かつて歩んでまいりませんか。

おわりに

今年の桜は例年より早いとのこと。花粉症に悩まされながらも、花の便りに心が浮き立つ季節になりました。一方で寒暖の差がある季節でもあります。皆さま方の愈々のご自愛と、併せてご一家の福徳円満、さらにご先祖をはじめとする亡き方々の、来世が善き処であるように心より念じ上げます。