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「食物三徳御書」

朔日講拝読御書〔聖寿803年9月1日〕

『食物三徳御書』 弘安元年 57歳 御書 1,321㌻9〜11行目

食には三つの徳あり。一には命をつぎ、二にはいろ(色)をまし、三には力をそ(添)う。人に物をほどこせば我が身のたすけとなる。譬へば人のために火をともせば我がまへ(前)あきらかなるかごとし。

<やさしさは自分にかえってくる>

食物には三つの用きがあります。一には寿命を延ばす。二つには顔色を良くする。三には力を増す。この食物を他人に施すことは、自分自身も助けることになります。譬ば他の人のために灯した火で、自らを明るく照らすようなものです。

《食物の御供養に具わる功徳》

 当抄の御眞蹟は総本山に厳護されておりますが、残念ながら伝えられている御文の前後が何等かの理由で失われております。題号の『食物三徳御書』は御書の内容から付けられたもので、どなたかが大聖人様に「食物」の御供養をされたときの御返事として賜ったことが想像されます。

 内容は、題号にもなっているように食物には三つの徳が具わっていることと、その御供養によって功徳を受けることを教えて下さいます。

《命をつぐ》

 食物が具えている三つの徳の最初が「一には命をつぎ」と述べられております。命をつぐとは、生きる、ということです。寿命を延ばす・長生きをするという言い方もありますが、病気を患っていたり、怪我などをしていなくても、食物がなければ私たちは生きることができません。衣類や住居も大切なものですが、私たちが生命を維持する上で最も大切なものは食物であることから、「一には命をつぎ」と示されるのです。

色を増す

 2番目の「いろをまし」は、「色を増し」です。色は色身(しきしん)のことで、私たちの身体を指す言葉です。増には、いっそう勝れる、秀でる等の意味がありますから、身体が頑強になる、健康になるということです。身体が健康かつ頑強であれば、外に向かって働くカも当然強くなります。

力を増す

 3番目の「力をそう」の「そう」は「添う・副う」を充てることが相当かと思われます。「添う・副う」には「増す」の意味がありますから、「力を増す」ということになり、より強い力を発揮することができるようになる状態を言い表されたものです。

《施すは我が身を助く》

 続いて、「人に物をほどこせば我が身のたすけとなる」と述べられ、具体的な例として、「人のために火をともせば我がまへあきらかなるがごとし」と記されます。

 現代社会において、私たちは「明かり」の有り難さに対して鈍感になっていることが指摘されています。しかし、東日本大震災の時に経験した計画停電のような特別な状況では、その価値を再認識しました。大聖人様の時代、鎌倉の人々は、現代の私たちの何十倍、何百倍もの明かりに対する思いがあったはずです。そのように考えますと、明かりそのものが貴重であり、貴重な明かりを他者のために使う心が仏様の心に通じるといえます。

《善因善報(善き因は善き報いとなる)》

法衣書』には、

食を有情に施すものは長寿の報をまねき、人の食を奪ふものは短命の報をうく」 (御書1,546㌻)

と、食を施す果報と反対に奪う報いを対比して述べられております。

 また、『始聞仏乗義』では、

善因は善報を生ずるは仏教の定まれる習ひなり」 (御書1,208㌻)

と仰せです。

 善因善報は別の言葉では善因善果あるいは因果応報といいます。これは仏法の基本中の基本です。

私たちの信仰から『食物三徳御書』を拝する

 人に食物を差し上げる果報は世間法の上からも当然のことです。そこからさらに一歩踏み込んで、私たちの信仰の上から御文を拝したいと思います。

 ここでの「命をつぎ、色を増し、力を添う」ようになるのが御本仏大聖人様であればどうでしょうか。御本仏が、「命をつぎ、色を増し、力を添う」ということは、私たち凡夫を成仏に導いて下さることに他なりません。私たち信徒の信力・行力と行力の発露である御供養により、恐れ多いことですが大聖人様の仏力・法力を外護し奉ることになるのですから、御本仏の御加護を受けられるようになるのは道理ではありませんか。まさに「我が身の助けとなる」です。

種々の食べ物の御供養

 御書に出てまいります食べ物の御供養で、真つ先に思いつきますのが、お米ではないでしょうか。お米は「白米」、「八本」、「焼米」、「ほしい」などと認められております。また「」も、「いえのいも」、「ねいも」、「あらいいも」、「やまのいも」、「ところ(野老・芋の一種)」、「けいも(里芋)」、「ゑびね」等と御認めです。

 他にも沢山の御供養がありますが、思いつくままに挙げてみますと、はじかみ(しょうが・薑)・ミカン(柑子)・柚子・串柿・わかめ・瓜・春麦・タケノコ・すりだうふ・こんにやく・梨子・茗荷・枝大豆・餅・柘榴(ざくろ)・のり・川海苔・小藻(こも・海藻の一種)・霊芝(たこ)・菓子(果物の総称)・蒸し餅・大豆・ごばう・さゝげ、えだまめ、大根等々。酒や塩の御供養もあります。まだまだございます。御書を拝して、「食物」を見つけて下さい。

 食べ物の御供養について、建治元年(1275年)7月16日の『上野殿御返事』には、

むぎ(麦)ひとひつ(ー櫃)、かわのり五条、はじかみ()六は(把)給び了んぬ。いつもの御事に候へばをどろ(驚)かれず、めづら(珍)しからぬやうにうちをぼへて候は、ぼむぶ(凡夫)の心なり。(乃至)法華経の御いのちをつがせ給ふ事、三世の諸仏を供養し給へるにてあるなり。十方の衆生の眼を開く功徳にて候べし。尊しとも申す計りなし

とございます。

大聖人様への御供養は、一切衆生を苦しみから救う功徳》

 前年の5月17日に身延に入られた大聖人様に、南条時光は毎月のように、多いときには月に2回も3回も、富士上野から大聖人様のもとに御供養をお届けしておりました。この時も麦や芝川海苔やショウガの御供養をされました。その御返事で大聖人様は仰せになります。「時光殿が常になされることですから、驚きもせず珍しいとも思わない(日蓮の)心は凡夫のあさはかな考えです」と。

 さらに続きます。(以下趣意)「(昨年の蒙古来襲により)世間も騒がしく、また富士宮にある浅間神社の造営とも重なる時期で、領内のお百姓や、あなたの所で働いている人たちもたいそうな忙しさでしょう。そのうえ近年の不作で飢饉の心配もしなくてはならず、どのような作物を植え付けるのかという思案をしたり、実際の農作業もご苦労があることでしよう。あれやこれやで忙しくされていることとおもいます。そのようにご多忙の中にあってもなお、山中の日蓮のことを心配下さりお送り頂く御供養は、親鳥が卵を育み、消えようとする灯火に油を差し加え、枯れそうな草に雨が降りそそぎ、飢えた子供に乳を飲ませるようなものです。この御供養は法華経の行者の命を護ることになります。法華経の行者の命を護ることは、過去・現在・未来の三世の仏様を供養することです。また今、日蓮を供養することは、十方世界の衆生の目を開く功徳になります。時光殿の御信心の尊さは言葉にあらわすことが出来ません。誠に有り難い事です」(以上趣意・御書892㌻)

とあります。

 中でも、

法華経の御いのちをつがせ給ふ事、三世の諸仏を供養し給へるにてあるなり。十方の衆生の眼を開く功徳にて候べし」

の御文が大切です。「法華経の御いのちをつがせ給ふ事」とは、法華経の行者であられる日蓮大聖人様の命を絶やさないようにすることは、末法での法華経の信仰が絶えないようにすることです。また「三世の諸仏を供養し給へるにてあるなり」とあるのは、法華経は三世の諸仏の師であり、法華経を供養することは三世の諸仏への供養になるからです。邪宗の者たちは、法華経のみを正しいとして他の仏を供養しない日蓮聖人の教えは偏狭である、といいますが、他の仏を蔑ろにするのでなく、根本の法華経を差し置いて他の阿弥陀仏とか大日如来とかを供養することは本末転倒になるからです。また、それらの供養で事足りたと思うことで法華経への道を閉ざすことになりますから「謗法」です。ゆえに、「十方の衆生の眼を開く功徳」があると仰せなのです。換言すれば、末法の御本仏大聖人様の命を継がせることは、末法の衆生にとっては成仏の道が開かれるということであり、その功徳が本門戒壇の大御本尊様を外護申し上げる法華講衆に回向される、というお言葉です。

 『食物三徳御書』と『上野殿御返事』から、御本仏大聖大様への御供養の尊さが明らかです。そこで、「尊しとも申す計りなし」というお言葉があるのです。南条時光はもちろんのこと、『食物三徳御書』を賜った方も、「貴方が仏に御供養をされる尊さを言葉にすることはできません」との最高のお誉めのお言葉でご信心を讃えて下さっております。末法に生を受け、日蓮大聖大様の信仰を受持することで大きな使命をはたしていることに誇りと自信を持ち、さらに精進を重ねたことは想像に難くありません。

 『食物三徳御書』を賜った方の名前はわかりません。名前はわかりませんが、その内容から私たち法華講衆全員に宛ててお書き下さったものであることがわかります。御本尊様を受持し、大御本尊様を外護申し上げる徳に感謝し、益々自行化他の信心に励んでまいりましょう。

 9月になりました。残暑の厳しさはまだまだ続きそうですが、実りの秋です。お米や果物だけではなく、檀信徒御一同の信心の上にも、実りの秋でありますことを念じております。

(朔日講〔聖寿803年9月1日〕にて)