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「盂蘭盆御書」

「お盆の法要にご参詣の皆さまへ」

 盂蘭盆会にあたり、暑い中、また遠路のところのご参詣、誠にご苦労様でございます。皆さまのお志は、亡きご両親やお子様、ご兄妹、友人知人など、ご縁深き方々のところへ、日蓮大聖人様・御本尊様がお届けくださっております。尊い追善供養の誠を捧げられた皆さまに、来世から感謝の声が聞こえる思いがいたします。
 宗祖日蓮大聖人様は『盂蘭盆御書』で次のように教えてくださいます。

自身仏にならずしては父母をだにもすくいがたし。いわうや他人をや。(中略)目連尊者が法華経を信じまいらせし大善は、我が身仏になるのみならず、父母仏になり給ふ。上七代下七代、上無量生下無量生の父母等存外に仏となり給ふ乃至代々の子息夫妻所従檀那無量の衆生三悪道をはなるゝのみならず皆初住妙覚の仏となりぬ。(御書1,377頁)

 お盆の法要の起こりは、お釈迦様の弟子である目連尊者が、亡き母を餓鬼界の苦しみから救いたいと願ったことに始まります。母を救うためには、目連自身が仏となる功徳を得ることが必要であり、同じように他の人々をも救える、とお釈迦様は教えられました。
 目連尊者はその教えのままに法華経を信じて悟りを開き、母をはじめ過去七代、未来七代の父母、そして無量の縁ある人々をも仏へと導けたのです。
 過去の先祖ばかりでなく、未来の子息やその夫妻、また縁ある人々さえも、地獄や餓鬼や畜生という三種の苦しみから離れ、仏の世界へと導かれる「南無妙法蓮華経」であることを教えてくださる御文です。

日蓮大聖人様とお釈迦様の関係と法華経
 お釈迦様が目連尊者に「法華経の信仰をしなさい」と教えられましたその法華経の中で、「私はインドに生まれるはるか昔に、仏道修行をしたことで仏としての命を得た」と過去世の修行について説かれています。しかし、その「修行」が具体的にどのようなものだったかを、法華経の中では明らかにされていません。このことについて、鎌倉時代にお出ましになった日蓮大聖人様が、「久遠の昔にお釈迦様が修行した教え」は、「南無妙法蓮華経」であったことを明かされました。つまり、「南無妙法蓮華経」という法は、日蓮大聖人様の法であり、お釈迦様であってもその大本の法を明らかにすることはできなかったのです。換言すれば、お釈迦様にとっての「」とは日蓮大聖人様であり、「南無妙法蓮華経」ということになります。したがいまして、末法の今、私たちはこの日蓮大聖人様を真実の仏様と仰ぎ、「南無妙法蓮華経」を信じ、自行化他のお題目を唱えていくことに仏道修行の根本があるのです。

皆さまの今日の仏道修行
 このお釈迦様と大聖人様の関係を心に置いて、『盂蘭盆御書』を私たち自身の歩むべき道として拝しますと、本日の皆さまのご参詣は、目連尊者がされたように法華経の御本尊様に手を合わせ、法華経の題目である「南無妙法蓮華経」を唱え、亡き方々の幸せを願われたのは、尊い仏道修行そのものです。この修行には、皆さま自身が仏と成る功徳があります。皆さまが仏と成るからこそ、ご両親をはじめとする亡き方々は、来世でも仏の功徳を受けられます。たとえ苦しみがあったとしても、楽しみに変わり、仏さまの世界に仏さまとともに住めるのです。大聖人様は、亡き方々を思うことは残された者の仏道修行であり、その修行に励むことで自らが仏となり、同時に亡き方々も仏に成れる、教えてくださっています。これは、生きている私たちを励まし、歩む道を明らかにして下さるお言葉でもあります。
 本日、皆さまはご参詣によって尊い功徳を積まれました。この功徳をさらに大きく育てるためにも、日々お題目を唱え、仏道修行に励まれますよう心より願っております。
まだまだ厳しい暑さが続くことと思われますが、この仏縁を力として、心すこやかにお過ごしください。秋のお彼岸には、また笑顔でお会いできますことを楽しみにしております。本日は誠にご苦労様でした。お気をつけてお帰りください。

(ご法話:盂蘭盆会(令和七年八月十五日)にて)