一切の業障海は 皆妄想より生ず もし懺悔せんと欲せば
端坐して実相を思え 衆罪は霜露の如し 慧日能く消除す
〇一切の業障海=業障とは過去世における悪業罪が、現世での仏道修行の差し障りとなることをいう。海は、物事の集まるところ、との意。
〇妄想=とらわれの心によって、真実でないものを真実と、誤って認識すること日本国語辞典「我尊し」の自己中心的な想い。今はやりの「自国第一、自国中心」等もその元には「妄想」があるといえる。
〇懺悔(さんげ)=過去の罪を悔いて仏様や人々の前で告白して許しを請うこと。
〇端坐=御本尊様に向かって、行儀を正してすわること。
〇実相=ありのままの姿のこと。
〇慧日=仏様の智慧が広大無辺であり、平等に衆生にふりそそいで苦悩の闇を除くことを太陽の光に例えた言葉。
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〔意訳〕
現世において仏道修行に励むことができないのは過去世の罪障による。過去世の罪障は自己中心の想いから行動をした結果の積み重ねである。懺悔したいと願うのであれば、姿勢を正して御本尊様に向かうべきである。さすれば、霜や露が太陽の光にあたり忽ちに消え去るように、業障も即座に消え除かれる。
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『諸法実相抄』には、
「実相と云ふは妙法蓮華経の異名なり。諸法は妙法蓮華経と云ふ事なり」 (御書665頁)
とあります。したがいまして、経文の「実相」は「妙法蓮華経」であることがおわかりになると思います。ゆえに、「端坐して実相を思え」は、御本尊様の御宝前で御題目を唱えなさい、ということです。
私たちが唱えているお題目は『三大秘法抄』で、
「今日蓮が唱ふる所の題目は前代に異なり、自行化他に亘りて南無妙法蓮華経なり」 (御書1,595頁)
と仰せくださる、末法濁世で唯一功徳のあるお題目です。
ひたすら、「端坐して実相を思う」修行で罪障消滅の功徳を受け、その功徳を周囲の人たちに分け与える折伏行に邁進しようではありませんか。
「妄想」から離れた心、御本尊様を信ずる素直な心で、御法主日如上人の御指南のもと、現世の
仏縁をより強固なものにしてまいりましょう。
以上
(広布唱題行[聖寿804年9月7日]にて)