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「立正安国論」「乙御前御消息」「種々御振舞御書」「四菩薩造立抄」

『立正安国論』 文応元年7月16日  39歳

夫(それ)釈迦の以前の仏教は其の罪を斬ると雖も、能仁(のうにん)の以後の経説(きょうせつ)は則ち其の施を止む。然れば則ち四海万邦(ばんぽう)一切の四衆、其の悪に施さずして皆此(こ)の善に帰せば、何なる難か並び起こり何なる災か競ひ来たらん。(御書248㌻)

(現代語訳)

そもそも、釈尊〔能仁)が過去世のことを明かされた経文には、謗法の者の命を絶つことが説かれております。しかし、インドにおいて釈尊が出世された後の経文では、謗法への布施を止めることが説かれております。そこで、世界中の人々は、謗法の者に布施を止め、全ての人がこの正法に帰依すれば、どのような難も並びおこることもなく、どのような災いも競い来ることはありません。

ここでは、(a)誤った教えを信仰する国主が治めるから国が乱れる。(b)誤った教えを説き国主を惑わしている謗法の者の命を絶つことで平和な国家になる。これが釈尊出現以前の考え方であり、実際にそのようにされておりました。しかし釈尊は、誤った教えを説く者の命を絶つのではなく、その者への布施を絶ち、教えを弘めることができないようにすることこそ大切なことである、と説きました。「四海万邦一切の四衆」は、世界中の人ということです。世界中で悪に施すことを止め、善に帰す、すなわち正法に帰依することで平和な社会が実現することを述べられた箇所です。仏法の平和主義が説き示された大切なところです。覚えておきましょう。

ロシアのウクライナ侵略に対して、米欧日が中心となって経済制裁を加えております。一見「施を止める」ことに似ています。ただ、その後に続く、「善」がありませんので似て非なるものです。

②        『立正安国論』

  仁王経に云く「人(ひと)仏教を壊(やぶ)らば復孝子無く、六親不和にして天神も祐(たす)けず、(乃至)死して地獄・餓鬼・畜生に入らん。若し出でて人と為らば兵(ひょう)奴(ぬ)の果報ならん (御書249㌻)

(現代語訳)

仁王経には「仏の教えを破る者には孝養の子はなく、親や兄弟や夫婦が仲違いをして、諸天の助けもありません。(乃至)死んでからは地獄界・餓鬼界・畜生界に生まれます。もし人間としてこの世に生を受けても、自由を奪われた奴隷や兵士になり苦しみを受けなくてはなりません。

ここでは、奴隷や兵士になるのは過去世の謗法である、と説かれております。どちらも自由を束縛されます。ことに兵士は辛いものです。何故ならば、国を守ることは相手の国の人々の命を奪うことになるからです。ウクライナだけではなく世界の至る所で戦乱が続いております。そのようなところに生まれかわらないためにも、謗法を戒め、正法を弘めなければならないとの思いをより強くいたします。

③        『乙御前御消息』  建治元年8月4日  54歳

  いかなる事も出来候はゞ是へ御わたりあるべし、見奉らん。山中にて共にう(飢)え死にし候はん。(御書899㌻)

(現代語訳)

蒙古軍が来襲し鎌倉が戦場になるようなことになれば、日蓮の所においでなさい。この山の中で共に飢え死にいたしましょう。 

大聖人様は、文永11年(1274年)3月26日に佐渡から鎌倉にお帰りになり、翌4月8日に平頼綱と対面いたしました。その際、蒙古来襲の時期についての質問があり、その返答が、

「今年は一定なり」(種々御振舞御書・御書1,067㌻)

です。今年中に来襲する、と。

 このお言葉の通り文永11年10月に、蒙古が襲来しました。「文永の役」です。さらに翌建治元年4月には蒙古からの使者が鎌倉に到着し、再びの来襲が確実視されるようになりました。世上騒然(そうぜん)とした中で、乙御前の母である日妙聖人は、不穏な世の中を乗り切る信心、蒙古が来襲したときの心構えなどについて御指導を仰いだ時の御返事です。日妙聖人の常に日蓮大聖人様と共に、という強い信仰が伝わる御文です。

大聖人様は仰せになります。「蒙古の来襲で国中が戦場となったならばここに来なさい。食料も充分ありませんから飢え死にすることになるでしょう。それでも日蓮のいるところに来なさい」との温かいお言葉です。御本仏のおわしますところですから、「我此土安穏」です。これ以上の所はありません。そこに住するならば心配することはないのです。実に有り難いお言葉です。

④        『種々御振舞御書』 建治2年  55歳

国をたすけ給へと日蓮がひか(控)うればこそ、今までは安穏にありつれ  (御書1,066㌻)                      

(現代語訳)

日本国が侵略されることのないように、と日蓮が祈っているから安穏なのである。

このお言葉こそ末法の御本仏日蓮大聖人様の御確信を述べられたものです。大聖人様が祈って下さっているから心配ないと、ただ有り難いと思うだけではなく、我が確信とすることが大切ではないでしょうか。ではどのようにすれば御本仏と同じ確信を持つことができるでしょうか。

⑤        『四菩薩造立抄』 弘安2年5月17日  58歳

日蓮が弟子と云って法華経を修行せん人々は日蓮が如くにし候へ。さだにも候はゞ、釈迦・多宝・十方の分身・十羅刹も御守り候べし。  (御書1,370㌻)

(現代語訳)

日蓮の弟子となって法華経を修行する人々は日蓮のようにしなさい。そうすれば釈迦仏や多宝仏や十方分身の諸仏や十羅刹女もお守り下さいます。

《日蓮が如くし候へ》

日蓮と同じようにすれば諸仏の守護を受けられる」と仰せです。私たち凡夫が日蓮大聖人様と同じようにできることは、

『三大秘法稟承事』

末法に入って今日蓮が唱ふる所の題目は前代に異なり、自行化他に亘りて南無妙法蓮華経なり」(御書1,594㌻)

とありますように、大聖人様が教えて下さった「南無妙法蓮華経」と唱えることで、大聖人様の修行に連なることが叶います。そのときが大聖人様の御確信を我が確信としたときである、と申し上げるものです。諸仏の守護を受けるも受けないも、我が信にあることを肝に銘じようではありませんか。

多難な時ではございますが、自行化他の信心に励むことで一生成仏の功徳を受けようではありませんか。

(広布唱題行・立宗会〔聖寿801年4月3日〕にて)