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「聖愚問答抄」

『聖愚問答抄』文永5年47歳 (御書407㌻)

嬰児に乳をふくむるに、其の味をしらずといへども自然に其の身を生長す。医師(くすし)が病者に薬を与ふるに、病者薬の根源をしらずといへども服すれば任運(にんぬん)と病愈(い)ゆ。若し薬の源をしらずと云ひて、医師の与ふる薬を服せずば其の病愈(い)ゆべしや。薬を知るも知らざるも服すれば病の愈ゆる事以て是同じ。既に仏を良医と号し法を良薬に譬へ衆生を病人に譬ふ。されば如来一代の教法を擣簁和合(とうしわごう)して妙法一粒の良薬に丸せり。豈(あに)知るも知らざるも服せん者煩悩の病ひ愈えざるべしや。

(意訳)

生まれて間もない赤ん坊は、このミルクの成分はタンパク質が多く良いミルクだからたくさん飲もう、などと思って飲んではおりません。しかしミルクのお陰で成長します。医師が処方する薬の成分や効能を知らなくても、医師の処方を信じて服用すれば病気は良くなります。薬の成分や効能を知らないからと、薬を服用しなければ病気が良くなることはありません。ミルクの成分を知らなくても飲むことで成長する赤ん坊と、医師を信じて薬を服用して病気が良くなる例とは同じことです。法華経では仏を良医に譬え、教えを良薬に譬えております。私たちは病気の子供です。仏は御一代の教えを調合して妙法蓮華経というただ一つの薬に仕上げて下さいました。効能や成分を知る者も知らない者も仏の言葉を信じて服用すれば、煩悩から起る病を治すことができます。

○毎朝毎夕読誦する寿量品に「良医と病子の譬」が説かれております。仏様を医師である父親に、私たち迷いの衆生を病気の子供に、そして仏様の教えを薬に譬えます。また薬棚にある毒薬は念仏などの爾前の教えに譬えております。

あるとき父親が外出したおりに、薬棚にあった薬を子供たちが間違って飲み、その薬の副作用で子供たちは大変な苦しみを受けることになりました。帰宅しその様子を見た父親は、色も香りも味も良い薬を調合して子供たちに与えました。父の言葉を信じ、素直に飲むことができた子供たちはすぐに回復しました。しかし、薬の副作用が強く、本心を失った子供は薬を飲むことができず苦しみは増すばかりでした。そのような子供たちに「父は旅に出る、ここに大良薬を置いておくから飲みなさい」と言い残して出発しました。そして旅先から「お父さんは亡くなりました」と使いを出しました。本心を失っていた子供も、父の死を聞いたことで本心を取り戻し、大良薬を飲むことで薬の副作用から解放されました。

◇ 「此大良薬(南無妙法蓮華経)」を服用することができるのは過去の罪障が浅いから

日蓮大聖人様は、ここで説かれる「大良薬」を南無妙法蓮華経の御本尊様、間違って飲んだ薬を念仏などの教えであると仰せです。私たちは仏様の仰せを素直に信じて南無妙法蓮華経の大良薬を服用することができておりますので、過去世の罪障が浅かったのです。

◇ 「毒気深入」の者は、過去の罪障が深いゆえに良薬を服用することができない

南無妙法蓮華経とお題目を唱えることができないのは、薬棚にあった飲んではいけない薬を勝手に飲んだ副作用で、本来の心を失っているからです。それは過去世の罪障が深いことを意味します。

◇仏が説かれた経文であるからなんでも良いのではない

良医と病子の譬」から、仏の言葉を信じない罪、つまり「謗法」の怖さを学ぶことができます。仏が説かれた経文であるからなんでも良いのではないことを私たちは知っております。知っていることを少しでも伝えることが折伏です。

寒さも和らいでまいりました。コロナも治まりつつあるようですが、油断なく、感染予防に万全を尽くして、励んでまいりましょう。

(広布唱題行〔聖寿801年3月6日〕 にて)