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「薬王品得意抄」

『薬王品得意抄』文永2年44歳  (御書350㌻)

多くの譬へ此の品に有り。其の中に「渡りに船を得たるが如し」と。此の譬への意は生死の大海には爾前の経は或は筏(いかだ)、或は小船なり。生死の此の岸より生死の彼の岸には付くと雖も、生死の大海を渡り極楽の彼岸にはとづ(届)きがたし。例せば世間の小船等が筑紫(つくし)より坂東(ばんどう)に至り、鎌倉よりい(江)の島なむどへとづ(届)けども唐土へ至らず。唐(から)船(ふね)は必ず日本国より震旦国に至るに障り無きなり。

○多くの譬え此の品に有り

此の品は、法華経薬王菩薩本事品第二十三のことで、薬王品ともいいます。薬王品では、釈尊が説いた多くの経典の中でも、法華経が最も勝れた教えであることを、十種類の喩えを挙げ明かされます。これを「薬王十喩」、「十種の称揚」などと呼んでおります。十喩の第一には、「水の喩え」があります。念仏や真言の教えを川に、法華経を海に喩え、法華経の教えが海のように深く広大であるであることが示されております。また「十二の譬え」も説かれます。十喩が諸経と法華経との勝劣を説かれたのに対し、十二の譬えは法華経の功徳を説かれたものです。その中の六番目が「如渡得船」です。御文の「渡りに船を得たるが如し」とある通りです。

○生死の大海

過去世・現世・来世の三世の生死生死の繰り返しを大海の中でも大海、との意味で示されているのではないかと拝察します。このように拝することで、次の「生死の此岸から生死の彼岸」を現世でのこととして拝することができ、御文の意をつかめるのではないかと愚考します。三世の大海を渡ることのできる法華経の教え。大きな悩みや苦しみを解決することのできる南無妙法蓮華経。折伏の時に常にいう言葉です。しかし、ここにある爾前の教えに譬えられるいかだや小船でも、現世での小さい悩みだったら解決することができるではないか、だったら別に南無妙法蓮華経でなくても良いのでは、と折伏の時に突っ込まれそうですね。

そこで、次の譬として、関東から九州に行くことのできる船であっても、中国やインドのように遠くまでは行くことはできない。大海を渡ることのできる唐船のような、大きくて丈夫な船でなければならない。大きな船の法華経で安心して航海をしましょう、と示されるのだと拝します。近くに行くにも大きな船であれば確実です。小船では海が荒れると転覆したり、航海を中止したりしなければなりません。最初から安心できる船に乗る、このことを教えて下さっていると拝します。

さらにいえば、仏教は三世を説く教えです。現世での因を来世で果として受け入れなければなりません。現世だけの利益しかない低い教えでは、来世で受け入れる果は、当然のことながら低い境界になります。因果の基本的な教えの上から、来世のことを思うのであれば、もっとも安心のできる船に乗ることが大切なのです。

秋季彼岸会にご参詣の上、亡き方々に対する貴いお志は、そのまま皆さま方お一人おひとりが、「安心できる船」に乗っておられることを証明するものだと言えます。乗船券は御本尊様に向かって自行化他の「南無妙法蓮華経」と唱えることです。一人だけ、我が身だけが乗るのではなく、親兄弟を含めた周囲の縁のある方々に、「貴方の船では目的地に着くことはできません。私と同じ南無妙法蓮華経の船に乗って、成仏という目的地にまいりましょう」と折伏をしましょう。折伏は思いやりと思い切りです。

しばらくはすごしやすい季節です。夏の疲れも出る頃です。ご精進とご健勝を御祈念申し上げます。

(彼岸会〔聖寿801年9月度〕にて)