『南条殿女房御返事』弘安元年(1278年)5月24日 57歳 御書1,227㌻
夫水は寒積れば氷となる。雪は年累なって水精となる。悪積れば地獄となる。善積れば仏となる。女人は嫉妬かさなれば毒蛇となる。法華経供養の功徳かさならば、あに竜女があとをつがざらん
◇功徳は積み重ねられる
水は寒さが厳しくなれば氷になります。雪が降り積もれば水精のように硬くなります。悪事を繰り返せば地獄となります。善いことを積み重ねれば仏に成れます。嫉妬が重なって毒蛇になると言われる女性であっても、法華経の修行に励み功徳を積み重ねると、女性の身を改めずに仏になった竜女と同じように、貴女も仏に成ることができます。
【語句の意味】
○雪は年重なって水精となる=水精は水晶のことです。良質の水晶がヒマラヤ山脈で産出されることから、気温の低い高山に降った雪が長い長い年月を重ねて水晶になる、と考えられていたようです。「水の精」と呼ばれるのもそのような考えからでしょう。何ごとも長い年月をかけて、コツコツと積み重ねれば結果が現れることを譬えられたお言葉です。良いことを積み重ねれば善い結果を、悪いことを積み重ねれば悪い結果になることを知らない人は誰もおりません。問題なのは、善いことをしていると思っていても、実は悪いことをしていることに気づかない場合です。御書では念仏や真言や禅の信仰をしている人たちが当て嵌まります。
『立正安国論』に、「我(われ)一仏を信じて諸仏を抛(なげう)ち、三部経を仰ぎて諸経を閣(さしお)きしは是(これ)私曲(しきよく)の思びに非(あら)ず、則ち先達(せんだつ)の詞(ことば)に随ひしなり。十方の諸人も亦復是くの如くなるべし」(御書250㌻)とあります。阿弥陀仏だけを信仰し他の仏を捨て、阿弥陀経だけを仰いで他の経文をないがしろにして無視するのは私個人の考えではなく法然などの指導者に随っているだけです。周りの人たちもみな同じです、と客は主人のお立場である大聖人様に申し上げ、知らないこととはいえ悪を積み重ねていたことを反省しております。私たちの周囲にはこのような人ばかりではありませんか。導くとは知らないことを教えることです。一言でも語り伝えることで、知らず知らずに悪を重ねている人を救うことができるのです。
○悪積もれば地獄となる=雪が積もり重なって水精となるように、悪しき心が積もればその人は地獄の心に支配され、やがて抜け出すことのできない無間地獄に堕ちます。一番の悪は謗法です。謗法は御本尊様を信じない心です。
○善積もれば仏となる=功徳善根を積み重ねることで成仏が叶います。末法の私たちにとって一番の功徳善根は御本尊様に向かい南無妙法蓮華経と唱えることです。最高の善である「一文一句なりとも語らせ給ふべし」に励んでまいりましょう。
○女人は嫉妬かさなれば毒蛇となる=女性だけが毒蛇になるとは思えません。男性でも嫉妬深い人はおりますね。新聞報道などで見る限りストーカーは男性の方が多いように思われますので女性も男性も違いはないと思います。大聖人様がこのように仰せになりますのは、お経文にあるからなのです。『女人成仏抄』には 「此の経より外はすべて成仏の期(ご)有るべからず候上、殊更(ことさら)女人成仏の事は此の経より外は更にゆるされず、結句(けっく)爾前の経にてはをび(夥)たゞしく嫌はれたり。されば華厳経に云はく『女人は地獄の使ひなり、能く仏の種子を断ず、外面は菩薩に似て内心は夜叉(やしゃ)の如し』云云」(御書345㌻)とあります。「此の経」は法華経を指します。法華経以外の教えでは成仏ができない、ということは、法華経を信仰すれば一人残らず成仏する、女人も男子も差別なく成仏が叶うということです。大聖人様は、華厳経の「女性は地獄の使い、成仏の妨げ、内面は鬼神のようだ」と厳しい言葉で女性が糾弾されていることを挙げられ、法華経以外の教えを信仰する恐ろしさを教えて下さるのです。
○竜女=深海の底にある竜宮に住む「娑竭羅竜王(しゃからりゅうおう)」の8歳の娘のことです。竜ですから畜生界です。娘ですから女人です。8歳という年齢から修行の期間が短いことを表しております。これらの条件からすれば、女性は法華経以外の教えでは絶対に成仏ができません。ところが法華経提婆達多品十二で女性の即身成仏が明かされました。
『妙一尼御返事』には、
「夫(それ)先づ法華経の即身成仏の法門は竜女を証拠とすべし。提婆品に云はく『須臾(しゅゆ)の頃(あいだ)に於て便(すなわ)ち正覚を成ず』(乃至)伝教大師云はく『能化の竜女も歴劫(りやっこう)の行無く、所化の衆生も亦歴劫無し。能化所化倶(とも)に歴劫無し。妙法経力即身成仏す』」 (御書1,499㌻)
とあります。法華経の提婆達多品で説かれた竜女のことが女性の即身成仏の証拠であり、伝教大師最澄もそのことを述べている、というお言葉です。
◇南条家の信仰
2月は一年で最も寒い月といわれ、如月(きさらぎ)の異名があります。寒さで着物を更に重ねて着る様子を、「衣更着(きさらぎ)、衣を更に着る」と表現したことに由来するといわれております。暖房設備の乏しい時代の生活が偲ばれる言葉です。ガスや電気代の節約のために厚着をして過ごすことが多くなったこの冬は、現在の衣更着でしょうか。さて、今月の御聖訓は『南条女房殿御返事』です。この御書は残念なことに御薦蹟は伝えられておりませんが、幸いなことに日興上人が書き写された「写本」が総本山に厳護されております。ただ、五月二十四日の日付のみで宛名と年号が記されておりませんので、南条時光殿の女房(乙鶴・法名妙蓮)に宛てたものとされております。また、当抄の冒頭に、「八木二俵送り給び候び了んぬ。度々の御志申し尽くし難く候」とあることから、『八木御書(はちぼくごしよ)』の別名があります。米の宇を分解すると八木になりますのでこのようにお書きになったのです。
さて、二俵のお米を大聖人様に御供養申し上げるに際しては、「山といひ、河といひ、馬といひ、下人といひ、かたがたかんなん(艱難)のところに、度々の御志申すばかりなし」と記されておりますように、簡単なことではありませんでした。
現在の私たちが総本山にお米の御供養をしたいと思えば、宅配業者に依頼すれば次の日には届いております。しかし当時は、富士上野から大聖人様のお住まいである身延に至るには、険しい山を越えなくてはなりませんでした。日本三大急流の一つである富士川を渡らなくてはなりませんでした。二俵の米を運ぶために、丈夫な馬と馬を引く下人の手配などが不可欠でした。
◇幕府の迫害にも負けずに信仰を貫いた南条家
鎌倉幕府の地頭職にある南条家であっても容易ではありませんでした。その訳は、弘安三年十二月の『上野殿御返事』を拝しますとよく分かります。
「其の上わづかの小郷にをほくの公事(くじ)せめにあてられて、わが身はのるべき馬なし、妻子はひきかゝるべき衣なし。かゝる身なれども、法華経の行者の山中の雪にせめられ、食とも(乏)しかるらんとおもひやらせ給ひて、ぜに一貫をくらせ給へる」(御書1,529㌻)とあります。
鎌倉幕府は日蓮大聖人様だけに迫害を加えたのではありませんでした。富士上野郷という小さな領地の地頭でしかない南条家に対しても容赦のない迫害を加えました。日蓮大聖人様の信仰をしている、と言う理由で、上野郷の石高の数倍もの公事(くじ・地頭としての公の仕事・道路を整備したり橋を架けるような公共事業的なこと)を命じました。その結果、地頭でありながら乗る馬もなく、妻子は着る物にも不自由をしていたのです。
そのような事情がありながら、「度々の御志」です。南条家の御供養は一度や二度ではなく、ほぼ毎月です。一ヶ月に二度の月もあります。このような深く厚い信仰は、南条時光をはじめとする南条家の方々が、日蓮大聖人様を末法の御本仏と仰いでいた証拠であると私は思います。
大聖人様が御入滅された後に、身延の地頭波木井実長の謗法が明らかになりました。断腸の思いで身延を離山された日興上人を富士上野にお迎えし、総本山を建立寄進をする、という広布の歴史に燦然と輝く偉業を成し遂げることができたのも、水の流れるような信仰、コツコツと信心に励むことで必ず仏に成れる、との教えを心から信じていたからに外なりません。
『崇峻天皇御書』の、「蔵(くら)の財(たから)よりも身の財すぐれたり。身の財より心の財第一なり。此の御文を御覧あらんよりは心の財をつませ給ふべし」(御書1,173㌻)との信仰に一族で励まれた姿は、未来永劫に亘って世界中の法華講衆の信仰のお手本です。
◇当抄の題号
先にも述べましたように、この御書は御眞蹟が伝えられておりません。日興上人の写本か総本山に厳護されていることから、
一、南条家のどなたかがいただいたもの。
二、女性の成仏が記されていることから女性宛。
そこで、時光殿の女房宛とされたようです。
また、当抄の最後に、「御所労の人の臨終正念・霊前浄土疑ひなかるべし」とある、「御所労の人の臨終正念」は弘安元年四月一日の『上野殿御返事』に記される、「石河の兵衛(ひょうえ)入道殿のひめ御前」のことと推察されることから、この時に四十九日忌法要を願い出た時の御供養であり、その御返事と考えられます。
ところが、南条家には時光殿のお母様の『上野殿後家尼』が健在で、しかも「石河の兵衛入道殿のひめ御前」は後家尼の孫娘になります。
また、『十字御書』をいただいている「重須殿の女房」にとっては娘の四十九日忌にあたります。このようなことを考えますと、当抄の対告衆は『上野殿後家尼』か『重須殿女房』とした方が相応しいのではないかと愚考いたします。
題号はともかくとして、南条家が一家揃って強盛に励んでいたことがよく分かる御書です。南条家の方々を信心の先輩にと仰ぐ私たちです。後輩の名に恥じない精進をしようではありませんか。
厳しい寒さが続きますが、梅の便りも届くようになってまいりました。春はまもなくです。花の香りを楽しみに、日々を過ごしてまいりましょう。
(朔日講〔聖寿802年2月1日〕にて)