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「立正安国論」

『立正安国論』 文応元年7月16日 39歳   (御書248㌻ )

《国主を諌暁》
 日蓮大聖人様は、今から764年前の文応元年7月16日に『立正安国論』を鎌倉幕府の執権、北条時頼に対して提出されました。
「政治を行う者は、正しい信仰をすべきです。ところが貴方方の信仰は、念仏信仰が中心です。これでは国が乱れ、民衆は多くの苦しみを受けています。平和な国にするには、正しい信仰である『法華経』に帰依することです。誤った信仰をしていると、内乱が起こったり、他国から侵略されたりします。一刻も早く正しい信仰をいたしましよう」
と国主を諫めたのが『立正安国論』です。上に記載したものは『立正安国論』の御真蹟の写しです。一文字一文字に御本仏の御慈悲が電められている、と拝するものです。世界の平穏をめざし、正法広布を願い折伏の修行に精進を。

主人悦 (よろこ)んで日く、鳩 (はと) 化 (け) して鷹 (たか) と為り、雀 (すずめ) 変 (へん) じて蛤 (はまぐり) と為る。悦ばしいかな、汝蘭室 (らんしつ) の友に交はりて麻畝 (まほ) の性 (しょう) と成る。

◇友を大切に

《現代語訳》

 主人は悦んで申します。 (貴方が謗法を捨てたことは)中国の故事には、鳩が鷹になり雀が蛤となる、とあるのと同じで誠に喜ばしいことです。蘭の香る部屋に住む友に交われば貴方の身も芳しくなります。麻の畑に生えるヨモギは麻と同じように上に延びます。これと同じように真つ直ぐな心の友と交われば、我が心も真つ直ぐになります。 

〇日寛上人の御指南を拝します。

 この御文について総本山 26世日寛上人は『安国論愚記』で、

ー、鳩化して鷹と為り等文。 (同㌻)

  (以下日寛上人 )註の如し。礼記の月令に出ず。また珠林四十三 十二に云く

「春分の日、鷹化して鳩と為る。秋分の日、鳩化して鷹と為る。時の化なり」と。

また云く「百年の雀江に入りて蛤と為り、千歳の雉海に入りて蜃と為る」と云云。

 問う、客既に悪を転じて善と成る、「鳩化して鷹と為る」が如し。何ぞ「雀変じ                   て蛤と為る」というや。

 答う、これ勝劣の義を取るに非ず、但変化の義を取るのみ

【語句の意味】

〇註 =『御書註』 (ごしょちゅう )。京都要法寺の僧・円智院日性が御書を註釈したもの。

〇礼記の月令=礼記は四書五経の一つ。月令は月ごとに分けて書かれていること。例えば次の珠林にあるように、春分には鷹が鳩になり、秋分には鳩が鷹になる、これは時節による、と。なお珠林は礼記等が原点となっている。

〇珠林 =『法苑珠林』 (ほうおんじゆりん )。唐代に道世が著した仏教辞典。

《対話 (折伏) で相手の心を耕そう》

 日寛上人は、「鳩が鷹に変わることが、悪いものから善いものに変わる例としては理解できるが、雀が蛤に変わる例えは理解し難い」との質問を設けられ、「この例えは、鷹や雀が勝れ、鳩や蛤が劣っている、つまり勝劣を例えるのではなく、変化を例えられたものである」とご教示です。

 勝劣は、勝れていることと劣っていることで、比較や競争などで使用され、相対的な価値判断になります。例えば製品の性能、スポーツ競技での成績、テストの点数などがあります。

 一方の変化は、ある状態から別の状態に移行することで、季節や天候の変化、社会の変化などが考えられます。迷いの状態から覚りの状態に移行する、意地悪な心が優しい心になる、つまり凡夫が仏に成るのも変化です。もとより、私たちの信心は即身成仏・煩悩即菩提(覚り )ですから、移行する時間、変化する時間は「即座・瞬間・直ちに」です。

 ただ『立正安国論』の客はこの段階ではまだ即身成仏の功徳には届いておりません。大聖人様の折伏を受けて、「現実に起こっている飢饉や疫病が、誤った信仰に原因があることを、お示しいただいた経文から理解することができました。邪教に対する執着の心は改まり、目が覚めました」という状態です。御文では「妄執既 (すで) に翻 (ひるがえ) り、耳目 (じもく)  数 (しばしば) 朗 (あき) らかなり」 (御書248㌻ )という箇所にあたります。

 最大の変化は即身成仏ですから、『立正安国論』では最後の御文、「弥 (いよいよ)貴公の慈誨 (じかい) を仰ぎ、益 (ますます) 愚客の癡心 (ちしん) を開き、速やかに対治を廻 (めぐ) らして早く泰平を致し、先づ生前を安 (やす) んじ更に没後 (もつご) を扶 (たす) けん。唯 (ただ) 我が信ずるのみに非ず、又他の誤りをも誡め  (いまし) めんのみ」    (御書250㌻)

がそれにあたるといえます。「いよいよ貴公 (日蓮大聖人 )の御慈悲あふれる教えを仰ぐことで、愚客である私の愚かで迷いの心を開き、速やかに謗法を退治して一刻も早い平和な社会を実現させることで、現世は安穏になり、現世の安穏は来世の安穏であると信じ、さらに、私だけが信じるのではなく、他の人々の誤った信仰を誡めてまいります」と大聖人様の教えを受持して折伏を決意したときが大いなる変化の時であり、「下種即脱」の功徳を受けるときになります。ここまでが、折伏の時に相手の心がよい方向に変わることを示されます。次のところでは、縁が大切なことを、麻と麻畑に生えた蓬を例えにお示しです。

《善縁は成長を助ける》

ー、麻畝の性と成る文。 (同 ㌻)

 「麻畝」の両字は詩経五に云く「麻を芸 (う) うること之を如何せん、その畝 (ほ) を衡従 (こうじゅう) す。妻を取ること之を如何せん、必ず父母に告ぐ」と云云。史記六十 十二に云く「蓬の麻中に生ずれば扶けざるに自ら直し。白沙の泥中に在れば之が与に皆黒し」と文。友を選ぶべきこと要なり。大論十四   五に云く「人に三業あり。諸善を為すに、若し身口の業善あれば意業も自然に善に入る。譬えば曲草の麻中に生ずれば扶けざるに自ら直きが如し」と云云。当に知るべし、今この意に准ずるに、縦い名聞の為にもせよ、若しは利養の為にもせよ、身に妙法の行を立て、口に妙法の行を説け。或は身を仏前に運び、口に妙名を唱えよ。若し爾らば意業は自ら妙法の大善に入るべきなり云云。

 

【語句の意味】

〇麻畝の性=麻はクワ科の一年草。畝は、畑に作物の種を蒔いたり植えつける時に、一定の間隔で土を細長く盛り上げたもの (畝を作るなどという。ここでは麻畑に生える蓬が、麻と同じように真つ直ぐ上に伸びることから、縁によって性質を変えることを例えている。

〇詩経=五経の一つで、中国最古の詩集。

〇「麻を衡従。妻を告ぐ」=「種を蒔くときには、先ず耕さなければならない。妻を娶るときには父母の許しを得なければならない」  詩経では準備をすることの大切さを説いていると思われる。

〇史記 =中国古代の歴史書。

〇「蓬黒し」=横に伸びる性質の蓬も、真つ直ぐ上に伸びる性質の麻の中では、添え木をしなくても真つ直ぐ上に伸びる。白い砂も泥の中に入れれば皆黒くなる」史記では、縁の大切さが説かれている。

〇大論=大智度論のこと。インドの龍樹が著したものを鳩摩羅什が漢訳した。詩経などを引用されるのは、上に真っ直ぐ伸びる性質の麻を善き友に、横に伸びる性質の蓬を私たち衆生に例え、また蘭の良い香りが立ちこめた部屋を正法に、そこに入り良き香りになることを正法に縁をして成仏の功徳を受ける私たちに例えられていることがおわかりになると思います。

《友を選ぶべき要なり》

 日寛上人が、大智度論を引用された後に、「友を選ぶべき要なり」とのお言葉は、私たちに「善知識」の重要性を教えて下さっているものです。善知識は凡夫を成仏に導き入れる者のことです。私たちにとっての善知識の第一は日蓮大聖人様です。人法一箇の大御本尊様です。さらに日蓮正宗の教えを守り伝える全ての僧俗が善知識です。故に、私たちは「善き友を選ぶ」ことができております。善き友を選ぶことができておりますので、麻畑に生えた蓬のように、真つ直ぐに上を目指して成長することができます。さらにいえば、私たち法華講衆の一人ひとりが善知識の立場にある、ということは、勿体なく、恐れ多いことです。しかし、そのことを自覚することで麻の役目を果たそう、蘭室の役目を自覚しよう、と自らを成長させる力となります。日寛上人が「友を選ぶべき要なり」とのお言葉を、「友を大切に」して「選ばれる友になろう」と読み替えることができます。

 7月16日は『立正安国論』建白の日です。時の為政者への折伏の書である『立正安国論』は、私たちにとっても大切な折伏の御書です。一文一句でも心に刻み、成仏の糧といたしましょう。幸せへの指標といたしましょう。

(朔日講〔聖寿802年7月1日〕にて)