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「一昨日御書」

『一昨日御書』   (御書 476㌻ ) 文永8年9月12日 50歳

一昨日見参に罷り入り候の条悦び入り候。

抑人の世に在る誰か後生を思はざらん。仏の出世は専ら衆生を救はんが為なり。 爰に日蓮比丘と成りしより旁法門を開き、巳に諸仏の本意を覚り、早く出離の大要を得たり。其の要は妙法蓮華経是なり。一乗の崇重三国の繁昌、儀眼前に流る、誰か疑網を貽さんや。

【語句の意味】

〇一昨日=おととい。当抄は文永8年9月12日に認められておりますので、一昨日は9月10日になります。文永 8年9月12日は竜の口法難の日です。

〇見参に罷り入り候=見参は「見参らす」の意で、対面することの謙譲語です。目上からも目下からも使えるようです。

〇後世=生まれかわった後の世。来世。死後の世界。

〇比丘=出家した男性の僧侶。女性は比丘尼 (びくに)といいます。

〇諸仏の本意を覚り=諸仏は久遠元初の仏様の説かれた南無妙法蓮華経を修行して仏になることが叶ったのですから、大聖人様が久遠元初の南無妙法蓮華経を所持されている、と拝することのできる御文であると思います。ゆえに、次の行で「其要は妙法蓮華経是なり」と述べられるのです。 

〇出離の大要=出離は迷いの境涯から離れること。覚りの境地を得ること。解脱とも言います。大要は、大まかな要点。あらまし。概要など。しかし、大聖人様は謙遜して大要と仰せです。じつのところは肝要、つまり大切な要点、成仏の肝心をお悟りの仏様です。

〇一乗の崇重=一乗は一仏乗のことです。仏になることができる唯一の乗り物のことです。乗り物は教え、法のことで、法華経が一乗です。崇重は、大切なものとして尊ぶことです。したがいまして、妙法蓮華経を大切なものとして尊ぶことが一乗の崇重ということになります。

〇三国の繁昌=三国は、インド・中国・日本です。法華経を尊ぶことで三国が繁栄したことが歴史上明らかであることを、「儀眼前に流る」と述べられております。

【拝読の要点】

 当抄は文永 8年 (1271年)9月12日にお認めになり、平左衛門に与えたものです。平左衛門は平頼綱といい、鎌倉幕府8代執権・北条時宗、同じく9代執権・北条貞時の執事でした。当抄の中に、「貴辺は当時天下の棟梁なり」とのお言葉がありますことから、当時の頼綱は幕府の権力をほしいままにしていたことがわかります。

 この日は竜の口法難の当日です。2日前の9月10日に評定所に召し出され、頼綱と対面されました。当抄には、「『立正安国論』で指摘したように、邪法・邪教を信用していることから、①内乱が起こる、②他国の侵略を受ける、の二点が明らかになったにもかかわらず、未だにそれら邪義の者たちの、日蓮に対する悪ロや告げ口を信じていることから、対面するのは本意ではなかったが、人々の苦難を思う上から、敢えて対面に応じた (趣意)」ことが記されております。

 それでは、現代語訳をしてみます。

【第 2回目の国家諫曉】

 「一昨日 (9月10日)、お目にかかることができ悦ばしく思っております」とー往の挨拶がございます。 1回目の国家諫曉は『立正安国論』で、この時の 2回目の国家諫曉は対面でした。しかし、先にも書きましたように「剰へ不快の見参に罷り入ること、偏に難治の次第を愁ふる者なり」と後述されておりますように、この時も頼綱は聞く耳を持ちませんでした。

【来世を信じて現世を生きている】

 「そもそもこの世に生きている者は、みな来世のことを考えております」とのお言葉は、頼綱を通して現代の私たち末弟に、現世に汲々とするのではなく、来世のことも考えなさいよ、と教えて下さるものです。

 『開目抄』では天台の「今我が疾苦 (しっく)は皆過去に由る、今生の修福は報 (ほう)将来に在り」を引かれ、さらに心地観経の「過去の因を知らんと欲せば、其の現在の果を見よ。未来の果を知らんと欲せば、其の現在の因を見よ」 (御書571㌻)と、過去世・現世・来世の三世が別々ではなく密接な関係にあることをご教示です。 

 『三三蔵祈雨事』では、「わがちゑ (智慧)なににかせん。たヾあつ (熱)きつめ (冷)たきばかりの智慧だにも候ならば、善知識たひせち (大切 )なり」   (御書 873㌻ )

と仰せになり、私たちの智慧は、熱いとか冷たいとかを知る、それだけではないか。眼前のことしかわからない凡夫の智慧を頼りにするのではなく、仏の智慧を頼りにしょう、と。

 仏の智慧を信じられず、仏が示される来世を信じることの出来ない頼綱に対して、 12年前の文応元年 (1260年)に認めた『立正安国論』で指摘したことが現実になっているではありませんか、このことだけを見ても、日蓮のいうことの正しさがおわかりになるのではありませんか、これは現世での出来事ではありますが、 12年後のことを言い当てたのですから、未來の出来事を知っていた、ということです、と大聖人様は仰せです。明確な現証を挙げられても、仏様の説かれる三世を信じられない頼綱が、大聖人様のお命を奪おうとする暴挙に出たのが「竜の口法難」です。

【来世を信じることのメリット】

 しかし、来世があることを信じられれば、現世で苦しみや挫折に直面していたとしても、未來に希望を持つことができます。そのことで、心の安定を得、困難な状況にあっても前向きな姿勢を保つことができるのでないでしょうか。また、来世のために功徳善根を積み重ねようと努力することは、自分のことだけではなく、周りの人たちへの思いやりを強くすることになるのでないでしょうか。であれば、周りから大切にされるようになるのは道理です。

【日蓮大聖人様が御出現になられたのは私たちのため】

 次に、「仏が御出現になられたのは、衆生を救うためです。日蓮は僧侶となり多くの法門を学び、諸仏の本心を覚り、若くして成仏の教えを得ました。その教えとは妙法蓮華経です」と述べられます。ここでは、仏様が人々の幸せの為に法を説かれたこと、全ての仏様の御覚りの根本は妙法蓮華経である、と御本仏としてのご教示があります。竜の口法難の直前のお言葉ですが、三大秘法の本門の題目が根本にあることを述べられていると拝するところです。

【正法の流布で平和な国や社会が実現】

 さらに、

この法華一乗の教えはインド・中国・日本の三国で崇重されました。崇重した三国が繁昌したことは、歴史上の事実で眼の前にあるように明らかです。このことに疑問を持つ者はおりません」とございます。インドでは釈尊、中国では天台大師、日本では伝教大師が法華経を広め、平和な社会を築く因となった例を挙げられ、このことを疑ってはなりません、と戒められるのです。

【頼綱の所業】

 『種々御振舞御書』に、

「十日並びに十二日の間、真言宗の失、禅宗・念仏等、良観が雨ふらさぬ事、つぶさ (具)に平左衛門尉にいゐきかせてありしに」   (御書1,058㌻) 

とあります。 10日に評定所に呼び出されたときに、真言宗や禅宗、念仏宗などの邪義を破折され、さらに良観が懸命に雨乞いをしても、雨が降るどころか暴風が吹き荒れたのは、良観が邪師である証拠である、と頼綱に向かって強く折伏をしたことを述べられております。また「十二日の間」とありますのは、『一昨日御書』のことを仰せになっていると思われます。

 大聖人様の折伏に対して、頼綱は、

「平左衛門尉大将として数百人の兵者 (つわもの)にどうまろ (胴丸)きせてゑぼうし (烏帽子)かけして、眼をいからし声をあら (荒)うす」 (御書1,058㌻ )

という鎌倉幕府第一の権力者とは思えないものであり、その姿は、

「あらをもしろや平左衛門尉がものにくるうを見よ、とのばら (殿原)、但今ぞ日本国の柱をたを (倒)すとよ (呼)ばはりしかば、上下万人あわてゝ見へし」(御書1,058㌻)

というものでした。この部分の現代語訳は、「なんと奇妙なことであろうか、平左衛門がものに狂い、日本の柱を倒すようなことをしているのだ、と日蓮が大声でいうとその場にいた者たちは慌てふためいた」となります。

 9月12日は竜の口法難の日です。大聖人様はこの法難によって、末法の御本仏としてのお立場を明らかにされました。法難直前の当抄でお示し下さる御本仏の御意は、『立正安国論』と同じく、また他の多くの御書に説き明かされるように「折伏」の二字です。正しい教えを伝え、誤った教えを破る、これが日蓮大聖人様の仏法であり日蓮正宗の信仰です。この一点を貫くことで私たちは成仏が叶います。来世の善き処が実現します。

 暑い日々がしばらく続くことと存じます。コロナも心配です。ご無理のないように、さりとて折伏の精神を忘れることのないように精進を重ね、爽やかな秋を迎えようではありませんか。

(広布唱題行〔聖寿802年8月6日〕にて)