朔日講拝読御書〔聖寿802年9月1日〕
『本尊問答抄』 弘安元年9月 57歳 (御書1,275㌻)
本尊とは勝れたるを用ふべし
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◆御本尊が大事
貴方が手を合わせている本尊は勝れていますか 正しい御本尊に手を合わせましよう
本尊問答抄は、大聖人様が 57歳の時に身延で御認めになり、清澄寺で兄弟子であった浄顕房に与えられました。題号からも明らかなように、浄顕房の御本尊様に関する質問に、問答の形式でお答え下さっております。日興上人は当抄を十大部に選定されております。
当抄の冒頭、第 1問答で「問うて云はく、末代悪世 (あくせ)の凡夫は何物を以て本尊と定むべきや。答へて云はく、法華経の題目を以て本尊とすべし」と述べられて、大聖人様の仏法を明示されております。またこのような問答があることから、当時の人々が本尊に迷っていたことが分かります。
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≪本尊の字義・なぜ本尊というのでしょうか≫
本尊の字義について、総本山 26世日寛上人は、『本尊抄文段』で、『開目抄』の「夫 (それ )一切衆生の尊敬 (そんぎよう )すべき者三つあり。所謂 (いわゆる)、主・師・親これなり」 (523㌻ )との御文を引用されて、「故に其家々に主師親を根本と為して之を尊敬す、故に本尊と云う也」と仰せです。また他門で、本有の尊像であるから本尊、あるいは本門事の一念三千の尊形であるから本尊、さらに本地の尊体だから本尊等と云うことに対して、「正しい意義は、主師親を根本として尊敬することであるが、これらの意も少しは含まれる」と述べられております。
つまり、日寛上人は、『開目抄』で、私たち一切衆生が敬うべきは「主・師・親」の三徳である。私たちの中で、主の徳、師の徳、親の徳が個別に備わっている者はいても、この三徳を兼ね備えているのは仏のみである。だから仏を尊敬することが大切である、と仰せられた大聖人様のお言葉を引用される形で、どの家々 (宗派)でも主師親 (仏)を根本として尊敬しているから本尊というのである、とお示し下さいます。因みに根本は辞書では、「物事を成り立たせている大もとの事柄、根底」 (日本国語大辞典)、「物事を成り立たせる基盤となっている事柄。物事の始まった最初。おこり」 (大辞林 )等とあります。信仰を成り立たせる大本の事柄であり、根底であり、基盤であり、信仰は御本尊様から始まることが分かります。
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私たちの信仰の対象である御本尊様
≪各信仰の本尊≫
どのような宗教にも本尊があります。キリスト教やイスラム教では本尊とはいわないようですが、キリスト教では、イエス・キリストを神の化身とみなし、その教えに従うことが根幹にあり、イエスが磔 (はりつけ)にされた十字架を祭壇の中心に置き、その十字架に向かって祈る様子は映画などでもおなじみです。イスラム教では偶像崇拝を避けるためにアラーの絵や像は置きません。サウジアラビアのメツ力にある「カアバ神殿」を聖なる建物として、その方向に向かって祈りを捧げるようです。
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≪神道では≫
日本の神道ではどうでしょうか。伊勢神宮ホームページには、「全国の神社の本宗として特別に崇敬を集めます」とありました。そこで伊勢神宮を見ますと、祭神が天照大神、神体が八咫鏡 (やたのかがみ )となっております。祭られる神が天照大神、手を合わせる神体が八咫鏡でしょうか。この祭神と神体の違いがよく分かりません。
受験シーズンになると賑わう天神神社の祭神は菅原道真です。日光東照宮の祭神は徳川家康。稲荷神社では狐を神とする場合もあるようです。富士宮市にある浅間神社は富士山を神体としています。神社の祭神・神体は、神話に出てくる神であったり、歴史上の人であったり、山や川、岩などばかりか、狐やヘビ、猿なども信仰の対象としているようです。
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≪仏教各宗≫
仏法の本尊を見てみましょう。禅宗の大本山である永平寺や、法相宗の大本山の興福寺では釈迦如来を本尊の中心として、薬師如来や阿弥陀仏なども祭っております。同じ釈尊の仏像でも、永平寺は劣応身、興福寺は勝応身の違いがあります。この勝劣は、衆生の機根 (仏法の理解力)が勝れているか劣っているかによります。
浄土宗と浄土真宗は阿弥陀仏。真言宗は大日如来。華厳宗は東大寺の大仏で知られている毘盧遮那仏 (びるしやなぶつ )です。
天台宗では伝教大師最澄の時代には a門の釈尊が本尊とされておりましたが、伝教大師の亡き後は大講堂に大日如来を、また阿弥陀仏を祭る阿弥陀堂などを設けるなどして、本尊に迷ったまま現在にいたつております。
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≪日蓮宗≫
日蓮宗身延派では釈尊を本尊としておりますが、身延山には稲荷や帝釈天、鬼子母神などを祭る堂宇を設けています。ここにも本尊に迷う姿があります。
「本能寺の変」で知られている京都の本能寺も日蓮宗の寺院です。ここの本尊は十界互具の曼荼羅本尊ですが、仏は釈尊です。日蓮大聖大様を上行菩薩の位に落としております。
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≪新興宗教≫
立正佼成会や霊友会は、十界互具の曼荼羅本尊を祭っていたかと思うと、先祖の総戒名が本尊になったり、釈尊を本尊としたり、弥勒菩薩だったりとくるくる変わっております。教祖の都合の良いように変えるようです。
本門戒壇の大御本尊様から離れた創価学会は、池田大作が日寛上大の御本尊様に似せて作った本尊を拝んでおります。創価学会員の中には、池田大作が仏という者もおります。
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≪手を合わせる前にチョット立ち止まりませんか≫
先にも述べましたように、神社によつて神体はまちまちです。また教義というものがありません。天照大神の存在も神話が元になっています。その神話も古事記や日本書紀で作られたものです。古事記は712年、日本書紀は720年の成立とされています。それまでは伝承のみで、文字として残されていなかったのはなぜなのか不思議に思うところです。
仏教の公伝には538年と552年の二説があり、法華経もその時に伝えられたといわれております。聖徳太子が606年に法華経を講じたことと、615年に法華経を注釈した『法華義疏』が著されたと日本書紀にあります。これらから想像するのは、それまでに成立していなかった日本の歴史書、国史である古事記や日本書紀は、伝来した仏教経典やその注釈書に刺激されて作られたのではないか、ということです。法華経には釈尊が久遠を明かされていることをヒントにしたかも知れませんね。
阿倍仲麻呂のことを扱った小説『ふりさけ見れば』というのがあります。唐の従属国であった日本が、従属国から抜けるには、正当な国書がなければならない、国書は唐の歴史書と整合性がなければならなかった、そのために、遣唐使として中国に渡っていた阿倍仲麻呂が活躍する、という内容です。これはあくまで小説です。ただ、「記紀」が編纂された目的の一部を理解することには有用カもしれません。
経典はインドに実在の釈尊が説かれたものを弟子達が書き残したもので、後の世の私たちが作ったものではありません。一方の神話は、伝承といわれるものを書き留めたものです。
聖徳太子が十七条の憲法で、「二に日く、篤く三宝を敬へ。三宝とは仏 (ほとけ)・法 (のり)・僧 (ほうし)なり。則ち四生の終帰、万国の極宗なり。何れの世、何れの人かこの法を貴ばざる。はなはだ悪しきもの少なし。よく教えうるをもって従う。それ三宝に帰りまつらずば、何をもってか枉(ま)がるを直さん」と、天照大神などの神々ではなく、三宝 (仏・法・僧)への信仰を中心にしたのは当然のことだったと思われます。
聖徳太子は、実在された釈尊が説かれた教えこそが、我が身を正しく導くものであると実感したから、神話にある神々ではなく仏教を信仰したのです。
正月になると初参りと称して神社に参拝することが、日本人のアイデンティティーである、と思っている人たちには、聖徳太子のことを思い出して貰いたいものです。習慣になっている、昔からしている、周りも皆しているから、と正当化していないでしょうか。手を合わせ祈る対象が確かなものであるかを今一度検証しようではありませんか。
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≪主師親の三徳≫
法華経譬喩品第三には「今此の三界は、皆是れ我が有なり (主徳)。其の中の衆生は、悉く是れ吾が子なり (親徳)。而も今此の処は、諸の患難多し。唯我れー人のみ、能く救護を為す (師徳)」 (新編法華経 168㌻)と説かれ、釈尊自らが三徳を兼ね備えた立場であることを明かされております。
法華経に説かれていることから、日蓮大聖人様は主師親の三徳を備えているのは仏様である、だから仏様を尊敬すべきである、と仰せになるのです。
大聖人様は、『開目抄』で、「日蓮は日本国の諸人に主師父母なり」 (577㌻)
と仰せです。さらに、『産湯相承事』には、
「日蓮天上天下一切衆生の主君なり、父母なり、師匠なり」 (1,710㌻)
と述べられます。
法華経では釈尊が仏様であることが明かされ、『開目抄』や『産湯相承事』では、日蓮大聖人様が三徳兼備であることを述べられ、末法の仏であることを断言されるのです。
大聖人様が「正しい筋道の通った本尊でなければ利益はない」と注意喚起され、私たちに主師親の三徳を兼ね備えた仏様を本尊とするならば、即身成仏の功徳を受けられることを教えて下さいます。その本尊とは、末法御出現の日蓮大聖人様を「人本尊」とし、寿量品文底秘沈の南無妙法蓮華経を「法本尊」とする人法一箇の大御本尊様です。
私ども法華講衆は、過去の深い縁で現世に御本尊様を受持しております。貴い立場と使命を自覚し、「本尊に迷へり」 (御書554㌻)の中で悩み苦しんでいる友人や知人に、「正しい御本尊様に手を合わせ、幸せになってまいりましょう。貴方だけではなく、貴方の周りの人たちも共に幸せになりましょう」と心を込めて折伏をしてまいりましょう。
(朔日講〔聖寿802年9月1日〕にて)