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「お彼岸のお話し」

 ご多用の折、時間をやり繰りしてご参詣になり、追善供養に励まれる皆さまは、「来世に生きる方々に思いを寄せ、自らの来世を信じる」まことに貴いお志であると拝察いたします。その貴いお志は、亡き方ばかりか、皆さま方おー人おひとりの、高く広い福徳となり、我が身を飾るものであると信じます。

 さて仏教では、煩悩 (ぼんのう)に支配された迷いの心・境界(きょうがい)を此岸(しがん・こちら側の岸)に、一方の悟りの心・境界を彼岸(ひがん・あちら側の岸)に譬えます。そして仏道修行を、迷いの岸から悟りの岸に渡るための方法として位置づけております。つまり、仏道修行は此岸から彼岸に渡るための船の役目をする、ということです。

 この此岸から彼岸に渡るための修行を、梵語では paramita (パーラミータ)と言い、中国の人たちは、梵語の発音に漢字を当てはめ、波羅蜜(はらみつ)、波羅密多(はらみった)と音写しました。意味は、渡る、彼岸に辿り着くための修行、等です。

 法華経が説かれる以前には次のような六種の波羅蜜を行いました。六波羅蜜といわれます。

、布施波羅蜜 (ふせはらみつ )

 ①財施 (ざいせ )はお金や物を施すこと

 ②法施 (ほうせ)は教 (法)えを施すこと

 ③無畏施 (むいせ)畏れの心を取り除くこと

、持戒波羅蜜(じかいはらみつ)=戒は「防非止悪」の意で、非を防ぎ悪を止めること

、忍辱波羅蜜(にんにくはらみつ)=辱(はずかし)めを耐え忍ぶ修行のこと

、 精進波羅蜜(しょうじんはらみつ)=精魂を込めてひたすら純粋な心でコツコツと目的に向かって進むこと

、禅定波羅蜜(ぜんじょうはらみつ) =禅は静慮(じょうりょ)と訳し、静かに心を定め思慮深く、思いをめぐらすこと

、智慧波羅蜜(ちえはらみつ)=般若波羅蜜(はんにゃはらみつ)ともいい、真理を見きわめ悟りを得るための智慧のことで、先の五種の波羅蜜はこの智慧波羅蜜を得るための修行

 日蓮大聖人様は『観心本尊抄』で、

「未だ六波羅蜜を修行する事を得ずと雖も六波羅蜜自然に在前す」 (御書・652頁 )

と示されます。御文の意は、「末法の凡夫である私たちは、難しい六波羅蜜の修行をしなくとも、南無妙法蓮華経の御本尊様を受持し、南無妙法蓮華経とお題目を唱えることで、六波羅蜜の修行の功徳を知らず知らずの間に受けられる」というものです。

 皆さまが彼岸会法要で佛乘寺に御参詣になり、ご先祖やご縁の方々のために、南無妙法蓮華経とお題目を唱えたことは、彼岸に渡る六波羅蜜を行ぜられたことになります。おー人おひとりの命に積まれた徳は、目に見えないかもしれませんが、素晴らしい修行なのです。換言すれば、亡き方々ために、とご参詣になったことは、生きている皆さまの修行になり、徳を積めた、ということです。亡くなられた方の生命を通して、生きている自らを思い、生命を育む機会が追善供養の場である、と申し上げても過言ではありません。

 ご参詣の皆さまの貴い修行の功徳は、御本尊様が来世に新たな活動を開始されている方々に送り届けてくださっております。功徳を贈られた亡き方々が、来世から皆さまに向かって手を合わせて「ありがとう」と感謝されていることと存じます。この後も来世を信じ、亡き方々のことを大切に思う修行に励んでまいりましょう。

 まだまだコロナも安心できません。インフルエンザも流行しているようです。夏の疲れが出るのは涼しくなってから、とも言われます。気を緩めることなく、ご信心第一で過ごしてまいりましょう。ご参詣の皆さまのより一層のご自愛を御祈念申し上げます。長時間ご苦労さまでした。気をつけてお帰り下さい。

(聖寿802年秋季彼岸会にて)