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「如来滅後五五百歳始観心本尊抄」

朔日講拝読御書〔聖寿802年10月1日〕

『如来滅後五五百歳始観心本尊抄』

釈尊の因行果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足す。我等此の五字を受持すれば自然に彼の因果の功徳を譲り与へたまふ。 

◇受持即観心

釈尊の因行と果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足しております。したがいまして、私たち凡夫がこの妙法五字を受持すれば、ひとりでに仏の因行果徳の功徳が譲り与えられ、仏と同じようになることができるのです。

〇釈尊=3000年前のインドで、釈迦族の太子として誕生したシッタルタが、生・老・病・死や、愛別離苦(あいべつりく)・怨憎会苦(おんぞうえく)・求不得苦(ぐふとくく)・五陰盛苦(ごおんじょうく)の四苦八苦の中であえぐ人々を見て、それらの解決を目指して 19歳の時に王宮を離れて出家となりました。出家後の釈尊は、仙人のもとで教えを学んだり、食べ物を絶ったり呼吸を止めるなどの苦行を6年間も続けたことが経文には説かれております。しかしそれらの修行では悟りを開くことが出来なかった釈尊は、仏陀伽耶(ぶっだがや)の菩提樹の下に座して瞑想に入り、やがて悟りを開くことが出来ました。 30歳のときです。これを始成正覚(しじょうしょうがく)といいます。人類史上、始めて正しい覚りを成じた、という意味です。その後、 80歳で入滅されるまでに「八万四千の法門」と言われるように、多くの教えを説かれました。これが、歴史上に表れた釈尊です。

 しかし、釈尊はインドに誕生された釈尊だけではない、というのが仏教です。日寛上人は『観心本尊抄文段』で、「『教主釈尊』の名は一代に通ずれども、その体に六種の不同あり。謂く、蔵・通・別・ 迹・本・文底なり。名同体異の相伝、これを思え」 (文段集270㌻)と 6種類の釈尊の名をあげて教えて下さっております。六種は次の如きものです。

①蔵教を説いた釈尊=小乗教を説きました。

②通教の釈尊=権大乗経を説きました。

③別教の釈尊=菩薩を対象とする別教を説きました。

④法華経迹門の釈尊=法華経の釈門を説きました。

⑤法華経本門文上の釈尊=法華経の本門を説きました。

⑥法華経本門文底の釈尊=法華経本門寿量品の文底に秘し沈められた南無妙法蓮華経を説かれました。

 このように、経文に照らし合わせますと、六種の釈尊が御座しますことがわかります。しかし、身延派等の者たちは経文の拝し方に迷い、特に⑥の釈尊のことは分かっておりません。このような拝し方は、日蓮正宗相伝の教えであり、「名同体異(みょうどうたいい・名は同じでも体が異なっている)」といわれるものである、と日寛上人のお言葉を忘れないようにいたしましょう。

〇因行=仏の悟りを得るための修行。仏が九界の位にあるときに、仏になるために修行した万行(数え切れないほどの修行・無数の修行)のことを言います。先にも述べましたが、歴史上の釈尊では、 19歳で出家し 30歳で悟りを開くまでのすべての修行が因行です。また経文には過去世の因行が明かされております。『観心本尊抄』には、

又迹門爾前の意(こころ)を以て之を論ずれば、教主釈尊は始成(しじよう)正覚の仏なり。過去の因行(いんぎよう)を尋ね求むれば、或は能施(のうせ)太子、或は儒童(じゅどう)菩薩(乃至)三千塵点等の間、七万・五千・六千・七千等の仏を供養し、劫を積み行満じて今の教主釈尊と成りたまふ」(御書 649㌻)

とあり、インド応誕以前の釈尊の因行が示されております。

 この御文の趣意は、「法華経迹門の意をもって釈尊の因位を述べますと、釈尊はインドの仏陀伽耶で始めて覚りを開き仏陀となりました。その過去世で仏になるために重ねた修行を見ますと、能(よ)く布施の修行をした能施太子、あるいは、自らの髪を土の上に敷き仏を供養したといわれる儒童菩薩の姿などがあります(中略)釈尊が、三千塵点劫の昔に、婆世界の衆生を救うことを誓願して、その間にいたしますと、七万・五千・六千・七千もの仏を供養して、長い年月の間の菩薩としての修行が満ちて今日の教主釈尊と成られたのです」ということです。

 『種々御振舞御書』では、雪山で修行中に、教えを聞くために羅刹に我が身を与える修行をした雪山童子の例や、教えを書き留めるために、我が身の皮を剥いでそこに書き留めた楽法梵士(ぎょうぼうぼんじ)などが、釈尊の過去世の因行であることを教えて下さっております。ここまでの因行は六種の釈尊の中の①から④に相当いたします。

 因みに、法華経本門の因行は、毎朝夕読誦する寿量品の「我本行菩薩道」です。五百塵点劫の昔に、釈尊が菩薩の修行をして初めて仏と成った、と明かされるのがそれです。この時の菩薩道(因行)は、文底に秘し沈められている「南無妙法蓮華経」を唱えることです。ここは⑤にあたります。 

〇果徳=仏道修行の到達点としての結果です。つまり成仏のことです。悟りを開く、仏になる、仏果を得る等々の言い方もあります。因行の所で、「仏になるために修行した万行」と述べましたが、万の修行には万の徳が具わります。万の徳は仏に成ることです。

〇妙法蓮華経の五字=私たち日蓮正宗の信仰では、三大秘法の南無妙法蓮華経であり、本門戒壇の大御本尊様のことです。

〇具足=十分に具わること、満足に具わること、完全等の意です。

〇受持=受持は御本尊様をよく持ち、日蓮大聖人様の教えに背かないことです。この受持には日寛上人がお示しのように、別体の受持と総体の受持の二種類があります。別体の受持は、法華経法師品第十に説かれる、 <受持・読・誦・解説・書写 >の五種の妙行の一つである受持をさします。総体の受持は、三大秘法の御本尊様を受持することにつきます。『観心本尊抄文段』では、総体の受持には自行と化他のあることも示されております。

〇彼の因果の功徳 =彼は釈尊。因は釈尊の修行。果は釈尊が仏になった果徳。功徳は成仏。釈尊が仏になるために励んだ修行とその功徳のことです。

〇自然(じねん)=ひとりでに、おのずから、いつのまにか等の意です。

〇譲り与へ給う=仏になった釈尊が、その功徳を譲り与えてくださる、ということ。

※妙法五字を受持する、とは御本尊様を受持すること

『本尊問答抄』には、「法華経の題目を本尊」とあり、『観心本尊抄』には、「ー念三千を識らざる者には仏大慈悲を起こし、五字の内に此の珠を裹み、末代幼稚の頚に懸けさしめたまふ」とあります。このことから、妙法蓮華経の五字が南無妙法蓮華経の御本尊様であることを示されていることは明らかです。

 さらに、妙法五字とのお言葉が、南無妙法蓮華経であることは、「此の本門の肝心、南無妙法蓮華経の五字」(『観心本尊抄』654㌻)や「南無妙法蓮華経の五字を弘むべしと見へたり」 (『上野殿御返事』1,361㌻)、あるいは「只妙法蓮華経の七字五字を日本国の一切衆生の口に入れんとはげむ計りなり」(『諌暁八幡抄』1,539㌻)等のお言葉から、妙法蓮華経の五字を受持するとは、南無妙法蓮華経の御本尊様を受持することです。

※御本尊様を受持する功徳は無量

受持即観心》

 釈尊が過去世に行った万行は、末法の私たちにあてはめますと御本尊様を受持することです。これを日寛上人は「受持即観心」と教えてくださっております。換言すれば、御本尊様を受持することが、末法の私たちにとって、究極の仏道修行になる、ということです。「観心」は心の中を観(み)る意です。凡夫の生命の中に、仏の生命が具わっていることを観るとは、我が身、我が心が妙法の当体である、と自覚することです。これを成仏というのです。

《受持とは自行化他の信心》

 日寛上人がお示し下さるように、受持には御本尊様を家庭に御安置申し上げ、御宝前を清浄にしてお水やお樒などをお供えして、朝夕の勤行・唱題に励むことも受持です。これは自行にあたります。受持にはこの自行と化他の両面がある、というのが日寛上人のお言葉ですから、折伏を欠いては究極の仏道修行である「受持即観心」はなしえないことになります。成仏のためには折伏を忘れてはならない、という日蓮正宗の信仰がここにも示されているのです。

《御本仏からお譲り頂ける功徳》

 仏様が仏様の功徳を譲り与える、とお約束くださっております。嬉しいお言葉です。大聖人様のお言葉を肝に銘じて進んでまいりましょう。

『持妙法華問答抄』に日わく。「須(すべから)く心を一にして南無妙法蓮華経と我も唱へ、他をも勧(すす)めんのみこそ、今生人界の思出なるべき」 (御書300㌻)

‘※「四苦八苦」(四苦+四苦=八苦)

①生苦=生まれること自体が苦しみであること。

②老苦=老いること、体力や精神の衰えに伴う苦しみ。

③病苦=病気や身体的な苦痛による苦しみ。

④死苦=死ぬことへの不安や恐れ。

⑤愛別離苦=愛する人々や物事との別れによる苦しみ。

⑥怨憎会苦=他人との対立、敵意、葛藤による苦しみ。

⑦求不得苦=欲望の充足を得られないことによる苦しみ。

⑧五陰盛苦=個人の存在そのものが苦しみであること。五陰(ごうん)は色陰、受陰、想陰、行陰、識陰のことで、 

「五つの要素」または「五つの集合」と説かれます。これらの要素が組み合わさって個人の存在を形作りますが、この存在自体が苦しみであり、絶えず変化し続けるものである、と説かれております。

(朔日講〔聖寿802年10月1日〕にて)