• 東京都杉並区西荻窪の「日蓮正宗佛乗寺」の法華講が運営するWeb Pageです。Web Page「日蓮正宗向陽山佛乗寺」(http://www.butujoji.jp/)は、姉妹サイトとなります。

「春初御消息」

朔日講拝読御書〔聖寿803年1月 1日〕

『春初御消息』弘安 5年 1月 20日 61歳 (御書1,588㌻)

春の初めの御悦び、木に花のさくがごとく、山に草の生ひ出づるがごとしと我も人も悦び入って候。

<初春の悦びは蘇生の悦び>

 春を迎えた悦びが、私にも周りの人たちにも満ちあふれています。心に花が咲き、草木が芽吹いたように思える初春です。

〔御書全文〕

 ははき殿かきて候事よろこびいりて候。春の初の御悦び、木に花のさくがごとく、山に草の生ひ出づるがごとしと我も人も悦び入って候。さては御送り物の日記、八木一俵・白塩一俵・十字三十枚・いも一俵給び候ひ了んぬ。深山の中に白雪三日の間に庭はー丈峰につもり、谷はみねとなり、みねは天にはしかけたり。鳥鹿は庵室に入り、樵牧は山にさしいらず。衣はうすし食はたえ寒苦たり。夜はかんく鳥にことならず。昼は里へいでんとおもふ心ひまなし。すでに読経     のこえもたえ、観念の心もうすし。今生退転して未来三五を経ん事をなげき候ひつるところに、此の御とぶらひに命いきて又もや見参に入り候はんずらんとうれしく候。

 過去の仏は凡夫にておはしまし候ひし時、五濁乱漫の世にかゝる 飢ゑたる法華経の行者をやしなひて仏にはならせ給ふぞとみえて候へば、法華経まことならば此の功徳によりて過去の慈父は成仏疑ひなし。故五郎殿も今は霊山 浄土にまいり頭あはせ給ひて、故殿に御かうベをなでられさせ給ふべしとおもひやり候へば涙かきあへられず。恐々謹言。

 正月二十日  日蓮花押

上野殿御返事

 申す事恐れ入って候。返す返すははき殿一々によみきかせまいらせ候へ。

〔語句の意味〕

〇ははき殿=第二祖日興上人のこと。勤行の三座の御観念文には、第二祖白蓮阿閣梨日興上人とあります。この「白蓮」が日興上人の阿闇梨号です。阿闇梨は梵語のācārya (アーチャーリヤ )を音写したもので、仏法の教受をしたり弟子を導く徳の高い僧侶のことです。この阿閣梨号を日興上人はもう一つお持ちでした。それが伯耆 (ほうき )です。鎌倉時代には「伯耆」は「ははき」と書かれていたようです。大聖人様はこの時には白蓮阿闇梨ではなく伯者阿闇梨をお使いになっております。因みに二箇相承では白蓮阿閣梨と記されております。

〇御送り物の日記=南条時光がどのような品々を大聖人様に御供養されたかを書き記したもので、送り状のことです。その送り状には次のような品々が書かれておりました。

〇八木一俵=お米のことです。米の字は、八と木から成り立っていますので、このように仰せになるのです。『盂蘭盆御書』や『上野殿御前御返事』などで「」が用いられております。よく精米された米のことです。

〇白塩一俵=精製した塩のこと。

〇十字三十枚=餅米を粉にして練り蒸して作った餅。蒸した時に火がよく通るように十文字の切れ目を入れたことから十字と書いてむしもちと言われるようになったそうです。

〇いも一俵 山芋のことです。

〇未来三五を経ん事=三は三千塵点劫、五は五百塵点劫。ともに時間の長さを表しております。時間の長さを表してはおりますが、ー万年とか一億万年などの単位では去すことのできない長さです。『四恩抄』には、千劫の長さを「無量にして算をおきても数をしらず」と説かれております。千劫ですら数えられないのですから、三千塵点劫や五百塵点劫を私たちが具えている数の概念で知ることは難しいものです。仏様のお言葉を信じる以外にありません。信じますと、お題目を唱える中で、そうなのだと思える瞬間があります。すぐに忘れてしまいますが…。ここで大聖人様は、「寒く食べ物もないことから、お経を読みお題目を唱えられませんので、法華経から退転して、三千塵点劫、五百塵点劫という長い時間を退転者としての苦悩の日々を過ごさなければならない、と嘆いていたところ」と仰せになられております。身延山の環境が厳しかったことが想像されます。

〇五濁乱漫=五濁が世に乱れ弘まること。法華経方便品第二に、「舎利弗、諸仏は五濁の悪世に出でたもう。所謂劫濁、煩悩濁、衆生濁、見濁、命濁なり」とあります。五濁は、この世界が五種類の汚濁によって乱れることです。①劫濁は、自然災害や戦争や疫病などが繰り返し起こることで、時代の濁りとか世の中全体の濁りと表現されます。②煩悩濁は、貪・瞋・癡・慢・疑から起こる煩悩によって身心が悩まされ濁ることです。③衆生濁は、悪しき煩悩や邪な見識などで衆生そのものが濁ること。④見濁は、自己中心的な思想や考え方、誤った見識に支配されることです。⑤命濁は生命の濁りで、その結果として寿命が短くなる、とされます。

 この五濁について天台大師は法華文句巻四下で、「次第は煩悩と見とを根本と為す。此の二濁より衆生を成ず。衆生より連持の命有り。此の四、時を経るを謂て劫濁と為すなり」と解釈をしております。天台大師は、 五濁の根本に煩悩濁と 見濁があること、煩悩と誤った見識により衆生そのものが濁ること、衆生濁が連持、つまり連続して持続することで命濁になること、これら四種の濁りが連続して長い間続き劫濁となることを説いています。つまり、社会全体が乱れ、その中で苦しみを受けるのは、私たち衆生自身の煩悩が根本にある、ということです。そこで日蓮大聖人様は、三大秘法の南無妙法蓮華経を明かされて、世界全体で南無妙法蓮華経と唱えることで五濁乱漫の悪世を、正法充満の善世に変えられる、と教えて下さり、折伏を弟子檀那に命じられるのです。

〇法華経の行者=末法の御本仏日蓮大聖人様のこと。日蓮大聖人様の教えを堅く信じて、折伏に励む私たちも法華経の行者の一分です。ただ、私は法華経の行者である、と口に出した瞬間に「慢心」である、とお叱りを受けます。自負することはあっても、他に誇ってはならないことです。互いに注意をいたしましょう。

〇過去の慈父=南条時光の父。南条兵衛七郎のことです。

〇故五郎殿=南条時光の弟。南条兵衛七郎五郎のことで、お兄様よりも先にこくなっております。余談ながら、当抄の対告衆である南条時光は、南条七郎次郎と名乗っております。南条兵衛七郎の次男ですから七郎さんの次男、ということです。時光には、七郎太郎さんというお兄さんと、七郎三郎さんと七郎四郎さんという弟もおりました。医療も食糧事情も悪い当時のことですから、残念ながら幼くして亡くなられております。

〔当抄拝読のポイント〕

 当抄は弘安 5年1月20日のご執筆です。この御書が認められた9ヶ月後の10月13日に大聖人様は御遷化です。当抄の一月前の、弘安4年12月8日の『上野殿母尼御前御返事』には、「ー、この春より体調がすぐれないこと、二、病のために手紙の返事を書けないこと、三、日蓮はまもなく死ぬことになると思う」等とお認めです。また当抄の一月後、 2月17日の『桟敷女房御返事』にも、「体調が悪いので詳しくは書けない (趣意 )」とあり、さらに同月25日の『伯耆公御坊御消息』は、弟子の日朗に代筆をさせなければならないご容体でした。一方、御書を賜った南条時光もこの時は重い病で床に伏せっており、御供養の送り状を書けませんでした。そこで日興上人が時光に代わって筆をお取りになりました。そのため「ははき殿かきて候事」と記されるのです。

 続く「よろこびいりて候」は、日興上人が代筆したことを悦ぶというよりも、代筆にたいする慰労、謝礼の意であると考えます。 (大言海に、「よろこびは礼を言うこと、謝礼」とあるのを参照 )

 

〔「御悦び」に込められた意義〕

 次の「春の初めの御悦び」について拝してみます。大聖人様はご高齢に加え、身延山中の厳しい環境から、お体が徐々に衰弱される中にあって新年を迎えられたご自身のお悦びを表されているように思えます。また二十三歳の若さでありながら病で手紙を書くこともできない南条時光が、大聖人様のことを思い、御供養を送りする御信心を「日蓮は悦んでいる」と拝せられます。

 新年早々、しかも雪が豪雪の中にあってもなお、大聖人様に御供養をお送りするご信心は、御本仏を御護りする信心であり、御本尊様を御護りするご信心です。御本尊様を御護りすることは観心の修行をすることですから、成仏の功徳が具わります。成仏の功徳は生命の蘇生です。蘇生の悦びを、野山一面に、花が咲き草本が芽吹いたように思える、と表現されているのです。その大聖人様のお姿に、お弟子たちも悦ばれていることを「我も人も悦び入って候」と仰せになられているのではないでしょうか。

〔御供養の功徳〕

 またこの時は、三日の間に雪がー丈も降り積もり、寒さと食糧不足で読経をすることも困難な折に、米などの御供養に、命を長らえられる、と述べられております。加えて、 五濁乱漫の世に法華経の行者である日蓮大聖人様に御供養する功徳によって、亡くなられたお父様の成仏は間違いのないこと、また故五郎殿も霊山浄土に生まれ変り、亡きお父様に頭を撫でていただいているでしょう、と述べられ、日蓮大聖人様へ御供養申し上げることで受けられる功徳を、亡きお父様や先立った子供にも贈れる、と教えてドさっております。

〔読み聞かせよ、と大聖人〕

 当抄の追伸で、「返々ははき殿一々によみきかせまいらせ候へ

とあり、 日興上人に対して、「日蓮のこの手紙を、貴方から皆に読み聞かせなさい」と命ぜられております。読み聞かせる相手は「一々」です。この一々は皆に、全員にと言う一々です。御供養をした時光だけ、南条家の人々だけ、上野郷の人たちだけではなく、すべての人たちに読み聞かせるように仰せです。

 聖寿803年の今日の私たちも「一々に読み聞かせる」対象です。御書が現在まで伝えられ、滅後の私たちが拝することが叶うのは、日興上人が大聖人様の「一々に読み聞かせなさい」という御命を遵守されたからです。私たち法華講衆は、時間や空間を越えて「大聖人様のお手紙を読み聞かせていただいている」のです。有り難いことです。嬉しいことです。なんと素敵なことでしょうか。

〔素敵なことを実践しよう〕

 この素敵なことを、私たちだけが享受するのは勿体ないことです。未だ縁のない方々に、「一文一句なりとも語らせ給ふべし」 (『諸法実相抄』 )を実践してまいりましよう。そうすることで、「我も人も悦び入って候」の境界を我が境界とすることができます。本年も折伏に励んでまいりましょう。

(朔日講〔聖寿803年1月 1日〕にて)