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「諫暁八幡抄」

朔日講拝読御書[聖寿803年4月1日]

『諫暁八幡抄』   弘安3年12月 59歳   御書1,539㌻

今日蓮は去ぬる建長五年癸丑(みずのとうし)四月廿八日より、今年弘安三年太歳庚辰(たいさいかのえたつ)十二月にいたるまで二十八年が間又他事なし。只妙法蓮華経の七字五字を日本国の一切衆生の口に入れんとはげむ計りなり。此即ち母の赤子の口に乳を入れんとはげむ慈悲なり。

 <立宗宣言 >

日蓮は建長五年四月二十八日から弘安三年の十二月までの二十八年間、ひたすら妙法蓮華経の五字七字を、日本国中の人々に唱えさせようと努めてきました。これは、たとえるならば、母親が愛情を込めて幼い我が子に乳を与え、育てようとする心と同じです。

《折伏は母の子を思う心》

 日蓮大聖人様は御自身の折伏について、「日蓮が日本国中の人々に南無妙法蓮華経を唱えさせようと努めているのは、母親が赤ん坊にミルクを与えることと同じである」と。

 ミルクを飲まなければ死んでしまう赤ん坊のために、母親はあらゆる手段を尽くします。同様に、末法の一切衆生に対して、南無妙法蓮華経を唱えさせるために、折伏をするのです。赤ん坊がミルクの成分を知らなくても成長するように、南無妙法蓮華経の教えを理解できない人々であっても、南無妙法蓮華経と唱えることで、自らの生命の奥底にある仏の心が育ちます。育った仏の心によって、周りの人たちからも大切にされるようになり、満ち足りた幸福な人生を歩むことができるようになります。

《折伏をする勇気》

 末法の御本仏であられる日蓮大聖人様でも、南無妙法蓮華経と説き始められるにあたっては、お心に逡巡があったことを述べられたのが次の『開日抄』の一節です。

『開目抄』

これを一言も申し出だすならば父母・兄弟・師匠に国主の王難必ず来たるべし。いわずば慈悲なきににたりと思惟するに、法華経・涅槃経等に此の二辺を合はせ見るに、いわずば今生は事なくとも、後生は必ず無間地獄に堕つベし。いうならば三障四魔必ず競ひ起こるべしとしりぬ。二辺の中にはいうベし。   (御書538㌻)

【通解】

南無妙法蓮華経と一言でも言ったならば、父母・兄弟・師匠に対して、国主からの「王難」が必ず起こることが分かっておりました。反対に、言わなければ慈悲に欠けることになります。言うが良いか言わぬが良いか、何度も何度も思い返しました。法華経や涅槃経等に説かれることに、言うべきか言わぬべきか、との二通りをあてはめて見たところ、言わなければ今生は平穏に過ごすことが出来るが、来世では無間地獄に堕ち、苦しまなければならないことが説かれていました。また、言ったならば今生において三障四魔が必ず競い起こることを知りました。どちらにするかを考えたときに、三障四魔が起こることは仏に成ることが叶うのでありますから、言うべきである、と強く心を定めました。

【語句の意味】

〇王難=王(国主や国家権力)から受ける難。大聖人様が受けられた王難は、弘長元(1261)年5月12日の伊豆配流、文永8(1271)年9月12日竜の口法難、同佐渡配流の難がこれにあたる。また、文永元(1264)年11月11日の小松原法難も王難といえる。この法難の首謀者、安房国東条郷の地頭・東条景信は国主ではないが、国家権力に繋がる立場だったことから王難であると考える。

〇法華経=法華経勧持品第十三に「仏の滅度の後の恐怖悪世の中に於て   我等当に広く説くべし 諸の無智の人の悪口罵詈等し   及び刀杖を加うる者有らん   我等皆当に忍ぶべし」とある。意味は、仏が入滅された後の悪世では、仏の弟子たちは広く(仏の教えを)説くべきである。その時には愚かな者たちが悪口をいったり罵ったりする。そればかりか、刀で傷つけたり杖で打ったりする者もいるが、仏の弟子たる者は(そのような難を)耐え忍ぶべきである。

〇涅槃経=涅槃経に云はく『若し善比丘あって法を壊(やぶ)る者を見て、置いて呵責(かしやく)し駅遣(くけん)し挙処(こしょ)せずんば、当(まさ)に知るべし、是の人は仏法の中の怨(あだ)なり。若し能く斬遣し呵責し挙処せば、是我が弟子、真の声聞なり』云云。此の文の中に見壊法者(けんねほうしゃ)の見(けん)と、置不呵責(ちふかしゃく)の置(ち)とを、能(よ)く能く心腑(しんぷ)に染むべきなり。法華経の敵を見ながら置いてせめずんば、師檀ともに無間地獄は疑ひなかるべし」 (『曾谷殿御返事』御書1,039㌻)

 <意訳・涅槃経には、「正法を持つ僧侶でも、正法を破壊する者を見て、その誤りを指摘したり厳しく 誡めたりしない者は、仏法の中に巣くう怨敵である。反対に、誤りを指摘し厳しく誠める者は我が弟子であり、真の仏弟子である」>

〇三障四魔=仏道修行を妨げる三種の障害と四種の魔のこと。

☆三障

 ①煩悩障=貪・瞋・癡などの煩悩により起こる障り。

 ②業障=五逆・十悪などの業により起こる障りや親族などにより起こる障り。

 ③報障=過去の悪業の報いにより起こる障りや国王・父母などにより起こる障り。

☆四魔

 ①煩悩魔=三惑などの煩悩をもって心身を悩ます魔。

 ②陰魔=五陰(色・受・想・行・識)により仏道に障害を起こす魔。

 ③死魔=修行者自身の死による修行の中断や、修行者の死によって他の者に疑いを起こさせる働き。

 ④天子魔=他の者の仏道を成就することを妨害して精気を奪い、それを楽しみとする他化自在天、すなわち第六天の魔王による妨げをいう。

《折伏の決意》

 ご承知のように、日蓮大聖人様は12歳で清澄の山に登られ、16歳で得度。それ以降 32歳の春まで比叡山や高野山、京都・奈良等で修学に励まれ、建長5年4月28日に「南無妙法蓮華経」と唱へ出されました。その時のご心境、「法華折伏」に立ち上がられる時のご心境を述べられたのがここに挙げました『開目抄』のー節です。

 大聖人様は、南無妙法蓮華経の教えを皆に説くべきか否か、と逡巡されたと仰せです。折伏をすれば御自身だけではな < ‘両親・兄弟・師匠までも王難に値うことが明らかである、また折伏をしなければ、来世には無間地獄に堕ち、苦しみを受けなければならないことが法華経や涅槃経に説かれている。故に折伏の修行を選んだ、と仰せです。

 大聖人様にとって、特に御両親への王難は耐えがたいことだったでしょう。それでも折伏の道を選ばれたことを私たちは忘れてはなりません。

《折伏の修行と摂受の修行》

 折伏の反対は摂受(しょうじゅ)です。摂受とは、相手の誤りを積極的に指摘し改めさせようとしないで、ゆるやかに導くという弘教の方法です。これについては、「末法は折伏の時」と大聖人様は仰せられ、「末法の時に、摂受の修行では成仏が叶わない」と明確な御教示をされております。 

 大聖人様御在世の時に、「師匠の日蓮大聖人様はあまりにも強い言葉で破折をされるので、折伏を受けた人が恐れて逃げてしまう。もう少しゆるやかに話をした方がよい」という心得違いの弟子もおりました。これに対して、『如説修行抄』において、

「権実雑乱の時、法華経の御敵を責めずして山林に閉ぢ電りて摂受の修行をせんは、豈法華経修行の時を失ふべき物怪にあらずや」(御書673㌻)と仰せになられます。末法において真実の教えが覆い隠されようとしているときに、山林に籠もって摂受の修行をするようなことでは成仏の時機(チャンス)を失うことになりけしからぬことである、という意です。

 私たちの立場にあてはめてみれば、勤行唱題をし、御書を拝読しお寺にも総本山にもお参りをしているが、折伏を自らの成仏の修行と捉えることができない姿は「時を失ふ」信心であり「勿怪(もっけ・けしからぬこと)」です。勿体ないことです。

《眼前の楽か、未来永遠の幸せか》

 大聖人様は、南無妙法蓮華経と唱えて折伏をすることによって、三障四魔が競い起こるが、敢えてその道を選ばれた理由として、

◇現世での苦しみは限定的なもの。

◆来世の苦しみは無間(切れ目のない苦しみ・永遠に続く苦しみ)である。

のニ点を挙げられます。

 折伏か摂受か、この二辺のうちどちらがよいか。目の前の幸せを取るか、今は苦しくても将来の楽しみを選ぶか。

 二者択一です。しかし、私たちの一生、 70年とか 80年の人生において、いま為すべきこと、してはならないこと、それを明確に知ることは難しいことです。あのようにして良かった、と少しでも思えるのであればそれは幸せなことですが、多くの場合、あのときにこうすれば良かった、と思うことの方が強いのではないでしょうか。

 来し方を振り返り、「私の人生って損をしているわ」と感じることが多いのは、目先のことに囚われて、目に見えることしか信じられずに、自らの狭い料簡のみを頼りにしている結果であるといえます。

 「損をしているわ」という人生を繰り返さないためにはどうすればよいのか、それを思惟することが大事なのです。諦めてはならないのです。必ず道は開ける、苦しみばかりではない、苦しみの先には大いなる楽しみがある、と大聖人様が教えて下さり、大聖人様自らがお手本となって、私たちのために道を開いて下さいました。そのことを強く信じ、ひたすら守っているのが日蓮正宗富士大石寺の信心です。私たち凡夫の浅はかな知恵や経験を頼みとするのではなく、仏様の智慧を唯一の頼りとすることが大切です。この『開目抄』の一節も、「日蓮大聖人様でさえ立宗宣言をされるときには、言うべきか言わぬべきかと逡巡された。邪法邪義は無問地獄に堕ちる、と言えば、父母や兄弟、また師匠にまで累が及ぶことが明らかである。しかし言わなければ師も父母等も来世に無間地獄に堕ちてしまう。であるならば、今言うべき時である、と立ち上がられた」と拝し、折伏をするのが私たちの信仰です。

 大聖人様は立宗宣言以来、伊豆配流小松原法難竜の口佐渡配流と大きな難に4回遭遇されはしました。何れの難も命を亡くしても不思議ではないものでした。ところが、命を落とすどころか、鎌倉幕府は「日蓮大聖人は不思議なおカを持たれた方である。この方の命を奪ってはならない」と言うまでになりました。さらには、「蒙占の来襲はいつ頃になるでしょうか」と国の在り方に対する御指南を仰ぐほどでした。また、「お寺を寄進しますから、幕府に力をお貸し下さい」とまで言わしめたのです。

 このような幕府の懐柔策に対して、「日蓮の信仰をしないのであれば申し出を用いることはありません」との折伏の御精神から度重なる懇願を退け、令法久住のために日興上人深縁の地である甲州・身延に入山されました。

 身延の地にあって、立宗より二十七年後の弘安2年10月12日に、末法万年の衆生のために、大御本尊様を御建立下さり、成仏の道を開いて下さいました。

 一切衆生成仏の道を開いて下さった、ということを、恐れ多いことですが大聖人様のお立場からいたしますと、建長5年4月28日に、三障四魔を恐れずに、南無妙法蓮華経と唱へはじめ、途中での退転なく折伏の修行に励んだ故に、末法の仏様という功徳の現証を示すことが叶った、と拝することが出来るのです。大聖人様が成仏のお手本を示して下さっているのですから、その大聖人様の仰せのままに信心修行に励むことによつて、私たちも大きな功徳を受けることが叶う筋道が明らかになるのです。

《日蓮が如くにし候へ》

 日蓮正宗は、大聖人様が御建立下さった「独一本門の南無妙法蓮華経」を令和の今も正しく唱えています。日興上人が受け継がれ、日目上人に伝えられた日蓮大聖人様のお心を、代々の御法主上人がー器の水をー器に移すが如くして私たちに示して下さっております。南条時光や熱原の法華講衆、また名前こそ歴史の中に埋もれてはいますが、代々の御法主上人のもとで南無妙法蓮華経と唱えて折伏行に励んだ先達の信心修行の中に私たちも身を置くことが叶っております。この富士大石寺の清流を汚すことなく、絶やすことなく次の代に伝えてゆく役目が私たちにあります。

 今年の 4月28日は772回目の立宗宣言の日です。立宗からすでに772年も経過している、との思いと、末法万年のうえからは弘教は未だ端緒、との思いが交叉します。そのなかで確かなことは、私たち 法華講衆は、「只妙法蓮華経の七字五字を日本国のー切衆生の口に入れんとはげむ計りなり」と御本仏が仰せ下さる、成仏の大良薬である南無妙法蓮華経を素直に服していることです。

 「母の赤子の口に乳を入れんとはげむ慈悲なり」との慈悲に包まれていることです。御本仏の大きな大きな羽に育まれていることを忘れなければ、間違いなく成仏の境界を獲得することができます。この確信が大切です。

 さらに、この確信を周りの人々に伝えることで、より確信を強く深くすることができるようになります。

法華初心成仏抄』に、

怨(あだ)まれ嫉(ねた)まれ給ひしかども、少しもこ(懲)りもなくして強ひて法華経を説き給ひし故に今の釈迦仏となり給ひしなり」(御書1,315㌻)とあります。この御文は、釈尊が過去世で人々に法華経を説き聞かせたことで、人々から怨まれたり嫉まれたりしましたが、それでも懲りずに強く法華経を説き聞かせたことで覚りを得、釈尊と尊ばれる功徳を教えて下さるものです。さらに、

とてもかくても法華経を強ひて説ききかすべし。信ぜん人は仏になるべし、謗ぜん者は毒鼓(どっく)の縁となって仏になるべきなり。何(いか)にとして仏の種は法華経より外になきなり」(御書1,316㌻)

と仰せです。これらの御文から、折伏は折伏をする私たち自身が成仏という幸福境界を築く方法であること、また折伏を受けた方も、素直に信仰することができた人はその時に救われる。反対した人も法華経の教えを聞くことによる仏縁で、やがて仏に成る、幸福境界を築くことができる。どちらにせよ、仏に成る、幸福境界を築くのは法華経を離れてはない、ということがお分かりになると思います。

 日蓮正宗の信仰から折伏の二文字を取ったら日蓮正宗の信仰ではない、と言われるゆえんの一端を拝することができる御文です。立宗宣言の4月です。新しい出会いのある月です。自他ともの幸福境界を目指し、互いに励んでまいりましよう。檀信徒ごー同の益々のご精進をお祈り申し上げます。

(朔日講[聖寿803年4月1日]にて)