広布唱題行〔聖寿803年4月6日〕
新年度の最初の広布唱題行へのご参詣、まことにご苦労様です。佛乘寺の御本尊様の御前で、心をひとつにして広宣流布、すなわち全世界の平和を御祈念されました。皆さまが貴重な時間や労力を費やして修行に励まれたことで、一人ひとりが過去世の罪障を消滅する功徳を得られたことと存じます。また、共に唱えた御題目の功徳が全宇宙に広がることを信じます。来月の唱題行も共に励みましょう。
『寂日房御書』 弘安2年9月16日 聖寿58 1,393頁
夫人身をうくる事はまれなり。已にまれなる人身をうけたり。又あひがたきは仏法、是又あへり。同じ仏法の中にも法華経の題目にあひたてまつる。結句題目の行者となれリ。まことにまことに過去十万億の諸仏供養の者なり。
拝読の御文で、
①人間に生まれることを当たり前だと思つてはならないこと。
②仏法に縁をすることが簡単ではないこと。
③仏法の中でも法華経の題目に縁をするのは難しいこと。
が示されます。
ついで、「結句題目の行者となれり」と仰せです。「結句」は、その上、さらに加えて、という意です。したがいまして「題目の行者」の意味は、『三大祕法抄』で、
末法に入って今、日蓮が唱ふる所の題目は前代に異なり、自行化他に亘りて南無妙法蓮華経なり (1,595頁)とお示しの、自らの成仏と、周りの人々の成仏が叶えられる信心修行に励む、大聖人様の弟子檀那のことを指します。つまり、私たちを、御本仏大聖人様が、励ましお誉め下さるお言葉です。さらに、そのような人は、「過去世に十万億の仏様を供養した」者である、と現世で妙法を唱える私たちを肯定して下さいます。
末法に人間として生を受け、妙法にめぐり会い、さらに、自行化他のお題目を唱える修行者は、皆さま方をおいて外にはおりません。
佛乘寺に足を運び、広宣流布を願っての信心修行の姿は、現在と未来を安穏にするばかりか、過去をも素晴らしいものに変えることができる素敵な「題目の行者」そのものです。
日蓮大聖人様のお言葉を堅く信じ、深く心に留め、自らと周りの方々の成仏を目指しましょう。
以上
(広布唱題行〔聖寿803年4月6日〕にて)