• 東京都杉並区西荻窪の「日蓮正宗佛乗寺」の法華講が運営するWeb Pageです。Web Page「日蓮正宗向陽山佛乗寺」(http://www.butujoji.jp/)は、姉妹サイトとなります。

「生死一大事血脈抄」「臨終用心抄」「寿量品談義」

広布唱題行拝読御書〔聖寿803年8月1日〕

『生死一大事血脈抄』

「相構(あいかま)へ相構へて強盛の大信力を致して、南無妙法蓮華経臨終正念と祈念し給へ」 (御書515㌻)

総本山第26世日寛上人

『臨終用心抄』

臨終の一念は多年の行功に依ると申して不断の意懸けに依る也」 (富士宗学要集第3巻259㌻)

総本山第26世日寛上人

『寿量品談義』

前世の善悪の業を作り、その業力で来世の生まれるところを決める(趣旨)」 (富士宗学要集第10巻240㌻)

次に挙げます手紙文は、小説家の中島敦が、第2次世界大戦の末期、小学生だった子の桓(たけし)宛てに書いたものだそうです。

「桓 おとうちゃんと どうぶつ園に行ったことが あったろう。そこで いろんな どうぶつを  いっしょに 見ただろう。象 らいおん きりん さる かば 桓は うれしそうに 見て回ったろう おぼえていますか。おとうちゃんは 桓が たのしそうに どうぶったちの檻の前を 歩きながら見たり 止まってさくに手をかけて 見たりするのが うれしかったのです。もちろん おとうちゃんも どうぶつを見ました。その中に一頭 とらがいました。立派なとらでした。ずいぶん歳をとっているようにも見えました。

 どういうわけだが 桓は おかあちゃんと 次の檻に向かってしまい 他の客もおらず とらの前にいるのは おとうちゃん ひとりだけでした。

 おとうちゃんは ぼんやり とらを見ていました。そのとき気づいたのです。とらが おとうちゃんを 見つめていることを。とらの瞳に おとうちゃんがうつっている そんな気がしました。とらが おとうちゃんに なにかをいおうとしている そんな気がしたのです。もしかしたら このとらは 人だったのかもしれない。若く 力にみちて 未来もあった。ところがあるとき からだのおくから なにかが湧き出して 思わず走り出したのです。転がると くさむらの上を 飛ぶように 走ると ぐんぐんまわりの景色は 後ろに 下がってゆきました。たのしくて うれしくて その若ものは ただ走ってゆきました。やがてきれいでつめたい谷川のほとりに来て じぶんの姿を見た 若者は おどろきました。そこにうつっていたのは とらだったからです。しばらくの間 若者は いえ それはもう とらだったのですがただ呆然としていたのです。これは夢なのだろうか。夢だとして それは現実とは どうちがうのか。覚めない夢なら 現実と同じではないのか。そのときでした なにかが とらの前を駆けぬけました。すると抗することのできない力に 引きずられるように とらも駆け出しました。つぎに気づいたときにはとらの口は 血にまみれ うさぎを食いちぎろうとしていたのでした。うさぎの姿を見たとき 自分の中の人は姿を消したのだ。とらは 呻きました。そしてとらの目からは 大粒の涙があふれ出したのです。

 桓 おとうちゃんは とらの檻の前でそんなことを考えていました。このとらは 人だったのだ。とらは まだ おとうちゃんを じっと見つめていました。おそろしいほどに しんけんな目つきで。

 桓 人が ときに ひどくざんこくなことをするのは とらや らいおんに変わってしまうからなのかもしれません。そんなことをいうと とらや らいおんは いや それはちがう われわれは必要以上に 殺したりはしないのだ。あれほどたくさん あれほどむざんに 仲間を殺す 生きものは おまえたち 人だけだ。そういうかもしれません。

 桓 おとうちゃんも ときどき ほんとうに ときどき 自分は 人ではなくなにか別のけものではないか と思うときがあります。そして こわくなるのです。

(高橋源一郎著「DJヒロヒト」より引用)

 これを読んで、皆さまはどのような感想を持たれましたか。

私は一人称の死、二人称の死、三人称の死について考えました。

 一人称の死は私自身の死です。二人称の死は配偶者や親子、兄弟、親族や近しい友人知人などです。血縁があっても友人より距離も遠い関係もありますが、一往このカテゴリーに入れます。三人称の死は、新聞やテレビ・インターネツトなどで知らされる交通事故や災害死、さらには戦争などで犠牲になった方々など、名も知らぬ人たちの死のことです。

 このようなことを考えていると、一人称の死は、私一人で受け入れなければならない死であることに改めて気づかされます。何をいまさら、とお叱りを受けそうですが、ここに書かれているように、いつのまにか とら に変わり、うさぎを食いちぎろうとして、実際にロが血まみれになった姿は人ごととは思えません。いつ我が身、我が心がこのようになるか、と思わざるを得ないのです。

 このような思いをする私にとって冒頭に挙げました、総本山第26世日寛上人の『臨終用心抄』でのお言葉、「臨終の一念は多年の行功に依ると申して不断の意懸けに依る也」 (富士宗学要集第3巻259㌻)

が杖柱とも思えます。さらに、『寿量品談義』では、

前世の善悪の業を作り、その業力で来世の生まれるところを決める(趣旨)」(富士宗学要集第10巻240㌻)

と、予期しない来世ではない、と教えて下さるお言葉に、安堵します。臨終の時、来世に向かう瞬間に、自ら欲しないところに生まれ変わらないためには、「不断の意懸(こころが)けが大切である」とのお言葉と、「前世の業力で来世を決められる」とのお言葉を忘れないようにしなくてはなりません。

 先に、一人称の死は私一人で受けいれなくてはならない、と書きましたが、私たちは日蓮大聖人様という「善知識」に見守られております。ですから、一人ではなく常に大聖人様と一緒です。

 聖人様は善知識のお立場から、『生死一大事血脈抄』に、「相構(あいかま)へ相構へて強盛の大信力を致して、南無妙法蓮華経臨終正念と祈念し給へ」(御書515㌻)

と教えて下さっております。これは、末法で「観心の御本尊」を受持し、強盛な大信力を発揮し、自行化他の題目を唱える法華講衆に対して、「胸を張って来世に向かうことができます」と励まして下さるお言葉です。有り難いではありませんか。嬉しいではありませんか。

 今月の15日はお盆です。また我が国がポツダム宣言を受諾した旨を発表した日です。ご承知のように、第二次世界大戦では、世界中で5,500万人から8,000万人が亡くなったとされています。犠牲者の内訳は、民間人が3,800万人から5,500万人、軍人が2,200万人から2,500万人だそうです。この死者数は、当時の世界人口の2.5%にあたるともいわれています(ウィキペディア参照)

 今も、ウクライナやガザ、また報道されない多くの地域で多くの人々が犠牲になっています。皆それぞれの来世があります。一人称であれ二人称であれ三人称であれ、世を善くするために、一切衆生皆成仏道の教えである三大秘法の御本尊を受持せしめる使命ある我が生命を自覚し、三世にわたる成仏を願いましょう。

 8月15日はお盆です。亡き方々への思いを形に表す追善供養に励みましょう。稔りの秋は間もなくです。

(広布唱題行〔聖寿803年8月1日〕にて)