広布唱題行拝読御書〔聖寿803年9月1日〕
『妙法尼御前御返事』 弘安元年7月14日 57歳 御書1,482㌻
かしこきも、はかなきも、老いたるも若きも、定め無き習ひなり。されば先づ臨終の事を習ふて後に他事を習ふべしと思ひて
先月号で、一人称の死について御書や日寛上人の御指南を拝しました。大聖人様や日寛上人のお言葉を指針として励めば、自らの「死苦」を乗り越えることが叶うと固く信じます。
とは申しても、私たちにとって死は未知の領域です。ただ一つわかっていることは、100%の確立で死は訪れる、ということです。
今年の9月1日は101回目の関東大震災の日です。同じような規模の地震がいつ起こっても不思議ではない、といわれております。先般の南海トラフ地震の一件もあります。この「防災の日」に、関東大震災の記憶・教訓を継承し、一人ひとりの防災意識の向上をはかることも大切です。
さらに大切なことは、自らの命のことを考えることです。災害や事故などの突然の死を含め、病気や加齢で肉体が衰えることは、死に向かって確実に前進していることになります。癌などによって「余命宣告」を受けた瞬間の苦しさや辛さは想像を絶するものであると聞きます。
そして、死後に何が起こるかわからないことへの恐怖が加わります。自らの死に際して、残された家族などのことを心配する、別離の苦しみも逃れがたいことです。
このように考えてみますと、臨終を迎えるにあたっては、①生まれてから臨終までの過程。②臨終後の身と心はどうなるのか。③残された家族や友人知人への思い、に分けることができます。
①生まれてから臨終までの過程。
拝読の『妙法尼御前御返事』には、「かしこきも、はかなきも、老いたるも若きも、定め無き習ひなり。されば先づ臨終の事を習ふて後に他事を習ふべしと思ひて」(御書1,482㌻)
とあります。よくご承知の御文です。この御文で大聖人様は「賢い人もそうでない人も、老いた人も若い人も、いつ死をむかえるかわかりません。そのような私たちの命ですから、いつ臨終を迎えてもよいように日頃から準備をしておくことが大切です」と教えて下さっております。
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《元気なときにできること》
『松野殿御返事』には、「我が身命を捨て、仏法を得べき便りあらば身命を捨てゝ仏法を学すべし。とても此の身は徒(いたずら)に山野の土と成るべし。惜しみても何かせん。惜しむとも惜しみとぐべからず。人久しといえども百年には過ぎず」(御書1,051㌻)と仰せです。長生きをしても100歳です。我が身はむなしく山野の土になるだけです。命を惜しんでも何もなりません。ですから、命懸けで仏法を学ぶべきです、と御本尊様のこと・南無妙法蓮華経を学ぶことを勧めて下さっております。
「仏法を学す」ということは『諸法実相抄』に説かれる「一信二行三学」の実践です。御本尊様に向かって南無妙法蓮華経と唱えることにつきます。南無妙法蓮華経と唱えることで、自らだけではなく周りの方々にも南無妙法蓮華経を勧めるようになり、南無妙法蓮華経と勧めることで自然と学も具わります。このことが『妙法尼御前御返事』の、「臨終のことを習ふて」です。
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②臨終後の身と心はどうなるのか。
臨終の後の我が身を見ることはできませんが、先立った方の姿を通して知ることはできます。目にしたのが、安らかな臨終の相であれば安心もしますが、空襲で亡くなられた方々の写真からは不安どころか恐怖心が駆り立てられます。どれほど無念だったでしょうか。戦争などない平和な社会で、皆安らかな臨終を迎えることができるように願い、行動することも「臨終のことを習ふて」になります。
臨終を迎えた時に、身体が苦しい状態であれば、心も苦しいと思われます。ただ私たちの死後、我が心、我が命を見たり覚知することはできません。こればかりは、仏様のお言葉を信ずる以外にはありません。そこで『女人成仏抄』を拝しますと、
「さて此の品に浄心信敬(しんぎょう)の人のことを云ふに、一には三悪道に堕(だ)せず、二には十方の仏前に生ぜん、三には所生の処には常に此の経を聞かん、四には若し人天の中に生ぜば勝妙の楽を受けん、五には若し仏前に在らば蓮華より化生せんとなり」(御書344㌻)と仰せです。
意訳をいたしますと「この品」は法華経提婆達多品です。そこには「浄心信敬」の人が臨終を迎えた後のことが説かれていると。「浄心信敬(じょうしんにしんきょう)」は、清浄な心で仏を信じ敬うことです。その人が死後に受ける功徳として、一、地獄界・餓鬼界・畜生界の三種類の悪道に生まれることはない。二、東・西・南・北の四方、東北・東南・西北・西南の四維、および上下を十方といい、私たちの周辺全体を指し示す。そこには本仏の身を分けた分身仏が御座す。その仏様の前に生まれ変わる。三、生まれ変わった所で常に法華経を聞くことができる。四、人界や天界に生まれ変わったときには、勝れた妙法の楽しみ、即ち成仏の境界を受けることができる。五、本仏の前に生まれ変わる時には、当体蓮華の姿を表す。(「蓮華より化生せん」を、正しい信仰をするものは即身成仏の功徳を受ける、という意味で拝しました)
これが、正しく仏道修行に励んだ人が死後に受ける功徳です。御書にはこのような功徳がたくさん説かれております。ここには一例としてあげました。生まれ変わった世で受けられる「勝妙の楽」は即身成仏のことですが、それ以外にも、人間としての楽しみがたくさん具わっていると思います。どのような楽しみがあるのでしょうか。楽しみを楽しみにしましょう、と書いていますと、来世が楽しみになってまいりました。そのためにも現世での「浄心信敬」です。
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③残された家族や友人知人への思い。
次に挙げるのは、第二次世界大戦末期の昭和20年4月に特攻隊員として出撃の前に書かれた家族宛の遺書です。
「明日出撃します。……お父さんお母さん御心配をかけどおしで、亦先立たんとします。お許しください。……兄上、姉上、私に代り孝行お願ひします。姉さん、兄も何時征くか分りません。呉々も父母と妹をお願ひします」(真継不二夫編『海軍特別攻撃隊の遺書・かえらざる青春』より引用)
国を守るため、と言い聞かされて、あるいは信じて、両親や兄姉の今後を案じながら死地に赴く辛さ苦しさが伝わってまいります。この時には父母の元にある兄もいずれは戦死するであろうから、残される姉に親孝行を願わざる得ない心情を思うと言葉がありません。相手の国にも同じような思いをした人がおります。戦争はかくも悲惨です。
弘安3年9月6日の『上野殿御返事』は先立つ側からではなく、16歳で逝去した南条七郎五郎のことを思う母の心情が認められております。残された側の思いではありますが、先立つものの思いも重なるところがあります。
「南条七郎五郎殿の御死去の御事、人は生まれて死するなら(習)いとは、智者も愚者も上下一同に知りて候へば、始めてなげ(嘆)くべしをどろ(驚)くべしとわをぼ(覚)へぬよし、我も存じ人にもをし(教)へ候へども、時にあ(当)たりてゆめ(夢)かまぼろし(幻)か、いまだわきま(弁)ヘがた(難)く候。まして母のいかんがなげかれ候らむ。父母にも兄弟にもをくれはてゝ、いと(愛)をしきをとこ(夫)にす(過)ぎわか(別)れたりしかども、子どもあまた(数多)をはしませば、心なぐさ(慰)みてこそをはし候らむ。いと(愛)をしきてこぐ(手児子)、しかもをのこぐ(男子)、みめかたち(容貌)も人にすぐれ、心もかいがいしくみ(見)へしかば、よその人々もすぐしくこそみ候ひしに、あやなくつぼ(蕾)める花の風にしぼみ、満月のにわ(俄)かに失(う)せたるがごとくこそをぼ(思)すらめ。まことレもをぼへ候はねば、か(書)きつ(付)くるそらもをぼへ候はず。又々申すべし。恐々謹言」(御書1,496㌻)
<現代語訳>
南条七郎五郎殿の御逝去のこと。人は生まれたら死ぬことは定まっております。このことは皆が知っていることです。始めて知ったことではありませんので、嘆いたり驚いたりすることではないと日蓮も知っており人にも教えていることです。しかし、日蓮の身にそのようなことが起こると、(七郎五郎殿が亡くなったことを)夢であってほしい、幻であってほしいと思い、五郎殿の死を未だに受け入れることができません。
日蓮でさえこのような思いなのですから、母親である貴女が、どれほどお嘆きか、悲しみがどれほど深いことかとお察しいたします。
貴女は父母や兄弟とも死に別れ、愛おしいご主人も若くして亡くされました。しかし、多くの子供に恵まれたことを心の慰めとされておりましたところ、この度、愛おしい子、しかも男の子、さらに容姿もよく、心もしっかりして頼りがいがあるように見受けられていた子を亡くされました。周りの人々も心が爽やかで潔い若者であると期待しておりました。そのようなご子息の逝去は、咲きほこっていた花が、突然の風に吹かれて散ってしまったように、満月がにわかに湧いてきた雲に隠されてしまった時のように、やるせないお気持ちでしょう。未だに亡くなられたことが本当だとは思えません。このことについて書くことがままなりませんが、さらに重ねてお手紙を差し上げます。
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この御書には追伸があります。そこには、
「心は父君と一所に霊山浄土に参りて、手をとり頭を合はせてこそ悦ばれ候らめ。あはれなり、あはれなり」
とあります。意訳では「五郎殿の心はお父様とご一緒に霊山浄土にお参りになり、手を取り頭を合わせて、揃って参詣できたことを悦ばれているでしょう」となるように思います。
南条七郎五郎は父の顔を、父も子の顔を見ておりません。お母さんのお腹にいるときにお父さんが亡くなったからです。しかし、父も子も日蓮大聖人様の御信心です。霊山浄土は御本尊様の処です。そこで、来世で会うことができた、そのことを父子で悦んでいる、との御意だと拝します。ですから、嬉しいときにも、楽しいときにも、悲しいときにも、心の底から自然に湧き上がってくる感動の言葉である「あはれなり、あはれなり」と御認めになられたのです。
弘安4年12月8日の『上野殿母尼御前御返事』には、
「これもよもひさしくもこのよに候はじ。一定(いちじょう)五郎殿にゆ(行)きあ(逢)いぬとをぼへ候。母よりさきにげざん(見参)し候わば、母のなげき申しつたへ候はん」(御書1,580㌻)という御文がございます。
<意訳>
「日蓮はそう長くは生きられません。遠くない将来、来世で必ず五郎殿とお会いするときがまいります。その機会が母親の貴女より先であれば、お母さんが五郎殿に会うことを願っている、とお伝えします」
大聖人様がメッセンジャーのお役目をして下さるというありがたいお言葉です。このお言葉から、先立つ人も残される人も、御本尊様を受持するかぎり別々ではない、と信じられます。
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《まとめ》
私たちに必ず訪れる臨終について、
①生まれてから臨終までの過程。
②臨終後の身と心はどうなるのか。
③残された家族や友人知人への思い。
の三点から御書を拝してみました。
最後に『生死一大事血脈抄』を拝します。
「過去に法華経の結縁強盛なる故に現在に此の経を受持す、未来に仏果を成就せん事疑ひ有るべからず。過去の生死・現在の生死・未来の生死、三世の生死に法華経を離れ切れざるを法華の血脈相承とは云ふなり」(御書514㌻)
とございます。この御教えは、御本尊様から離れない信仰こそが「死苦」を乗り越える唯一の方法である、ということです。生死を繰り返す中で、より強盛に御本尊様を受持し、自行化他の南無妙法蓮華経を唱える私たち法華講衆は、素敵な臨終を迎えることができます。素敵な臨終は、素敵な来世を約束するものです。固く信じ強く祈ってまいりましょう。
今月は御彼岸がございます。お盆が終わったと思ったらまた彼岸か、と考えるのは邪義邪宗の信仰です。成仏の信仰は「常盆常彼岸」です。ご苦労はございますが、ご先祖のため、自らのために励んでまいりましょう。皆さまのご活躍をお祈り申し上げます。
(広布唱題行〔聖寿803年9月1日〕にて)