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「高橋殿御返事」

朔日講拝読御書〔聖寿803年10月1日〕

『高橋殿御返事』 建治元年7月26日 54歳 御書893㌻14行目〜894㌻1行目

ー劫が間釈迦仏を種々に供養せる人の功徳と、末代の法華経の行者を須臾も供養せる功徳とたくらべ候に「其の福復彼に過ぐ」と申して、法華経の行者を供養する功徳はすぐれたり。

<御本尊様への御供養>

ー劫という長い年月にわたり釈尊にさまざまな供養をして受ける功徳と、末法の法華経の行者にわずかな供養をして受ける功徳を比較すると、「その功徳は彼の功徳にまさる」と経文に説かれているように、法華経の行者に供養をする功徳の方が大きいのです。

《当抄の概略》

 御書を賜った高橋殿は、高橋六郎兵衛入道のことで、現在の静岡県富士市加島に住んでいました。夫人は日興上人の母方の叔母にあたります。題号が『高橋殿御返事』となっておりますが、文中に「なによりも入道殿の御所労なげき入って候」とのお言葉がありますことから、夫人が賜ったものであることがわかります。御眞蹟は伝えられておりませんが、日興上人の写本が総本山で厳護されております。

 前記しましたように、この時に、夫の高橋六郎兵衛入道が「御所労(病気)」で、夫人が「なげき入って候(夫の病を心配していた)」ことから、当病平癒の御祈念を願い出られたことへの御返事であることが想像されます。

 当抄の冒頭に、瓜や枝豆などの御供養を受けとられた旨が記され、御供養をしたことの功徳が示されます。先ず付法蔵経を引かれ、砂の餅を仏に供養した童子が世界の四分のーを統治する阿育大王に生まれ変わったことが述べられます。っいで本日拝読の御文が続きます。

 後半部分では、夫人が尼になったこと、国を挙げて念仏の信仰をしていること、そのために他国侵逼難があること等が述べられております。

《語句の解説》

〇ー劫=長い時間のこと。長さを説明する譬が色々説かれております。ヒマラヤの一番高い山の頂に、百年に一度の仙人が降りてきて、その山の頂を着ている衣の袖で撫でて、山がすり減って無くなった時がー劫、というのがあります。山が無くなるよりも先に衣が破れるように思いますが・・・。それとも仙人が来ている衣ですから、岩よりも硬い繊維が織り込まれているのでしょうか。どちらにせよ測りがたい時間の長さです。

〇釈尊=一般に釈尊と言えばインドで生まれ仏教を説いた仏、とされております。日蓮大聖人様は『観心本尊抄』で、同じ釈尊という名前でも、説いた教えの浅深で違いがあることを明らかにして下さっております。その『観心本尊抄』で明らかにされたことを総本山第26世日寛上人は、『末法相応抄』や『観心本尊抄文段』で、6種類の釈尊に分けて拝することを教えて下さいました。日寛上人のお言葉は、

『教主釈尊』の名は一代に通ずれども、其の体に六種の不同あり。謂わく、蔵・通・別・迹・本・文底なり・名同体異の相伝、之を思え。第六の文底の教主釈尊は即ち是蓮祖聖人なり。名異体同の口伝、之を思え」(御書文段270㌻)というものです。このお言葉を意訳しますと、「『教主釈尊』という呼び方は同じですが、その本体は6種類に分かれています。は小乗教である三蔵教を説いた釈尊、小乗の釈尊。は声聞・縁覚・菩薩の三乗のために通教を説いた釈尊。に菩薩だけのために別教を説いた釈尊。に法華経迹門を説いた釈尊。に法華経本門を説いた釈尊。が文底の法華経を説いた釈尊です。釈尊という名前は同じでも、本体が異なっていることから『名同体異』といいます。日蓮正宗の、師から弟子に、弟子からまたその弟子への相伝の教えを思いなさい。6番目の文底の法華経を説いた教主釈尊が日蓮大聖人様のことです」となります。

このように説かれた教えから見た場合、同じように釈尊と呼んでもその体が異なっておりますので「名同体異」というのです。は小乗教の教主釈尊、は権大乗経の教主釈尊、は三千塵点劫の昔から法華経を説いた釈尊、は五百塵点劫という昔々から法華経を説いた釈尊で、日蓮正宗以外の日蓮各派はこの釈尊が究極の釈尊であるとしております。しかしそうではないのです。から以外に、一歩深く入った法華経文底の釈尊が御座しますのです。この仏様を久遠元初の自受用身・南無妙法蓮華経の教主・日蓮大聖人様と申し上げるのです。

〇さまざまな供養=経文には「砂で作った餅を供えた功徳で大国の王となった」ことが説かれています。貨幣経済が発達した現在の御供養はお金が主になっておりますが、それ以前には、野菜だったりお米だったり灯明であったり、とさまざまでした。真心の発露が御供養ですから、どのような品であっても貴いことです。当抄の冒頭には「瓜一籠(うりひとこ)、さゝげひげこ(亜豆髭籠)、えだまめ(枝豆)、ねいも(根芋)、かうのうり(瓜)給(た)び候ひ了んぬ」とございます。

〇末代の法華経の行者=末代は末法のことです。法華経の行者は日蓮大聖大様のことです。

撰時抄』には「日蓮は日本第一の法華経の行者なる事あえて疑ひなし」(御書864㌻)と明示されております。このようなお言葉は他の御書でもお示しです。

〇須臾も=少しの間。瞬間。刹那等の意。ここでは「少しでも」の意で拝せられる。

〇其の福復彼に過ぐ=法華経法師品の文で、釈尊を一劫もの長い間供養する功徳よりも、法華経の持経者を供養する功徳が勝れていることを説いたものを当抄で引用され、末法の法華経の行者であられる日蓮大聖人様への御供養の尊さを教えて下さっております。

《拝読のポイント》

釈尊と法華経の行者(日蓮大聖人様)

 『御義口伝』に、

如来とは釈尊、総じては十方三世の諸仏なり。別しては本地無作の三身なり。(乃至)無作の三身とは末法の法華経の行者なり。無作三身の宝号を南無妙法蓮華経と云ふなり」(御書1,765㌻)とあります。

《意訳》

「如来は釈尊のことを一般的にさすが、総体的な面から言えば十方の諸仏も如来である。さらに一重深く立ち入れば、本来の姿を作ろうことの無く、法報応の三身が具わっている身を如来という。(中略)無作の三身とは末法の法華経の行者である。末法の法華経の行者の尊称を南無妙法蓮華経という」このようになります。

《語句の意味》

〇如来=仏のこと。仏の10種類ある呼び名の一つ。

〇総じて・別して=総別の二義のこと。総は総体的な面から見ると。別は総体的な面から、さらに一重深く立ち入った見方のこと。

〇本地の無作三身=本来の姿に作ろうこと無く法報応の三身が具わっている身。

〇宝号=仏や菩薩の尊称。

 この『御義口伝』の御文の「末法の法華経の行者」が、日蓮大聖人様御自身を指し示されていることは、「日蓮は日本第一の法華経の行者なり」(『寂日房御書』1,393㌻)や先に挙げた『撰時抄』の御文から明らかです。したがいまして、大聖人様が御本仏であられ、南無妙法蓮華経は御本仏の宝号なのです。日蓮大聖人即南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経即日蓮大聖大であり、人法一箇の御本尊様であることがわかります。

 今月の御聖訓の『高橋殿御返事』のー文から、釈尊と大聖大様の違い、御本仏と迹仏の違いを学ぶことができます。御本尊様を御守りする功徳がいかに勝れているかがおわかりになると思います。

 『経王殿御返事』に、

日蓮がたましひ(魂)をすみ(墨)にそめながしてかきて候ぞ、信じさせ給へ。<中略>日蓮がたましひは南無妙法蓮華経にすぎたるはなし」(御書685㌻)

と仰せのように、末法の御本仏日蓮大聖人様が、魂を書き顕して下さった御本尊様を受持する功徳は無量であることを心に刻み、自行化他の御題目を唱えてまいりましょう。

(朔日講〔聖寿803年10月1日〕にて)