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「二箇相承書」

広布唱題行拝読御書〔聖寿803年10月6日〕

 弘安5年(1283年)10月13日、武州池上(東京都大田区池上)の地で、日蓮大聖人様は御入滅遊ばされました。大聖人様は、9箇年過ごされた身延山を、9月8日に御出立になり、池上兄弟の館に到着されたのが、11日後の9月18日でした。身延を御出立になるに先立ち、

『日蓮一期弘法付嘱書』

 弘安5年9月 61歳 御書1,675㌻

 日蓮一期の弘法、白蓮阿闍梨日興に之を付嘱す、本門弘通の大導師たるベきなり。国主此の法を立てらるれば、富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり。時を待つべきのみ。事の戒法と謂ふは是なり。就中我が門弟等此の状を守るべきなり。

 弘安五年壬午九月 日 日蓮花押 

   血脈の次第 日蓮日興

をもって、日興上人に広宣流布の一切を御付嘱になられました。

 そして御入滅の13日、

『身延山付嘱書』

 弘安5年10月13日 61歳 御書1,675㌻

 釈尊五十年の説法、白蓮阿闍梨日興に相承す。身延山久遠寺の別当たるべきなり。背く在家出家共の輩は非法の衆たるべきなり。

 弘安五年壬午十月十三日 日蓮花押

   武州池上

と、御付嘱状を再度認められ、日興上人への御付嘱を徹底されます。お気づきのことと思いますが、どちらの付属書にも最後に、「戒勅(いましめ、きをつけさせる意)」の御指南があります。

 身延相承書では、

就中我が門弟等此の状を守るべきなり

がそれにあたり、池上相承書では、

背く在家出家共の輩は非法の衆たるべきなり

が戒勅になります。

二箇相承書に込められている意義

 大聖人様は、この御相承書を通して、どのようなことを私たちに御教示下さるのでしょうか。先には、「日蓮の言うことを守りなさい」という比較的優しいお言葉でした。ところが、御入滅に際しては、「日蓮の言うことに背いたら謗法である」と、大変に強いお言葉になっております。また、この部分は、「日蓮の仏法の一切を付属した日興に背く者は謗法である」と二重の戒めであると拝することができます。

 『義浄房御書』で、

相構(あいかま)へ相構へて心の師とはなるとも心を師とすべからず」 (御書669㌻)

との仰せと併せて拝するならば、自ずから答えは明らかではありませんか。

 成仏の功徳を受けるためには、自己中心的な考えから、我が身に都合のよいように経典や御書を解釈してはならないこと、凡夫であれば、過ちも当然あるが、常に本来の信仰に立ちかえるコンパスを命に入れておくこと、つまり、信仰の中心を常に定めておくことが大切である、との意義が込められていると拝します。私たち富士大石寺法華講衆の中心は、言うまでもなく本門戒壇の大御本尊と唯授一人の血脈です。次の日興上人の『遺誠置文』を拝するとより明瞭になります。

《日興上人の御遺誠》

御付嘱を受けられた第二祖日興上人は、『遺誠置文』で

御抄を心肝に染め、極理(ごくり)を師伝し」(御書1,884㌻)と私たちに言い残してくださっております。「極理を師伝し」とは「総じては信心の血脈」であり、別しては「唯授一人の血脈」です。日蓮正宗富士大石寺の御本尊様を御安置し、御題目を唱えるところには「総じての血脈」は流れます。ところが、血脈にはもう一つあるのです。それは、御本仏日蓮大聖人様からただお一人に流れる、唯授一人の血脈です。この筋道を間違えますと折角のお題目も功徳が消えてしまいます。

《総別の二義》

 大聖人は、

総別の二義少しも相そむけば成仏思ひもよらず

(『曽谷殿御返事』 御書1,039㌻)

と仰せになられ、筋道を立てて行くことが成仏にとって欠かすことの出来ない要件であると示されているのです。

 大聖人様のお心を我が心として、自らの心に執着することなく、血脈を御所持遊ばされる御法主上人の御教えのままに唱題に折伏に精進することこそ、一生成仏の功徳を実感することが出来るただ一つの道であることを末代の私たち法華講衆に教えて下さる『二箇相承書』です。

《誇りと自信を胸に》

 私たち富士大石寺法華講衆は、日蓮大聖人より日興上人へ、日興上人より日目上人へと、連綿と伝えられている教えの中に身を置いていることに誇りと自信をもって「この秋」の精進を誓おうではありませんか。

 佛乘寺の花水木の実が赤く染まってまいりました。まだ朱色にはいたっておりませんが、オレンジ色も味わいがあります。ようやく秋の訪れを感じることができるようになりました。食欲の秋、芸術の秋、スポーツの秋等々。私たちは「御信心の秋」にいたしましょう。ご精進をお祈り申し上げます。

(広布唱題行〔聖寿803年10月6日〕にて)