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「祈祷抄」

朔日講拝読御書〔聖寿803年11月1日〕

『祈祷抄』 文永9年 51歳 御書630㌻

大地はさゝばはづるゝとも、虚空をつなぐ者はありとも、潮のみちひぬ事はありとも、日は西より出づるとも、法華経の行者の祈りのかなはぬ事はあるべからず。

<信じて祈りましょう

大地を指さして外れたり、大空を結ぶものがあったり、海の干潮や満潮が消えたり、太陽が西から昇ったりすることがあっても、法華経の行者の祈りは必ず叶えられます。

《語句の意味》

〇祈祷=仏や神に祈ること。現在の日蓮正宗では、御祈念といいます。

〇さゝば=差さば・ささば。指し示すこと。

〇はづる=外れる。

〇虚空=梵語「阿迦奢(あかしゃ)」の訳。すベての物事を包み込んで、しかもその存在を妨げない空間。大宇宙。大空。

《最蓮房》

 『祈祷抄』は文永9年(1272)、日蓮大聖人様が51歳の時に御述作になられました。佐渡に御流罪になった翌年です。対告衆(御書を賜った方)は最蓮房日浄です。最蓮房の入信は、『最蓮房御返事』に「御状に云はく、去ぬる二月の始めより御弟子となり、帰伏仕り候上は、自今以後は人数(ひとかず)ならず候とも、御弟子の一分と思(おぼ)し食(め)され候はゝ、恐悦(きょうえつ)に相存ずべく候云云」(御書585㌻)とありますように、文永9年2月です。

《祈祷抄》

 当抄では、法華経の行者の祈りは必ず叶うこと、反対に邪教の祈りは、祈った者も、祈られた者も共に仏罰を受けると、厳しい現証をあげて教えて下さっております。

 その現証とは、

七月十一日に本院は隠岐国(おきのくに)へ流され給ひ、中院は阿波国(あわのくに)へ流され給ひ、第三院は佐渡国(さどのくに)へ流され給ふ。殿上人(てんじょうびと)七人誅殺(ちゅうさつ)せられ畢んぬ」(御書633㌻)

です。御文の本院は後鳥羽上皇、中院は土御門上皇、第三院は順徳上皇です。また殿上人は上皇等に従った公家のことで、この公家たちは、京都から鎌倉に移送される途中で処刑されました。

 このことから、正法による御祈念がいかに大切であるかがよく分かります。

《最蓮房が賜った御書》

最蓮房が賜った御書は、「平成新編御書」では、

生死一大事血脈抄』(文永9年2月11日・513㌻)

草本成仏口決』(文永9年2月20日・522㌻)

最蓮房御返事(供物書)』(文永9年4月13日・585㌻)

得受職人功徳法門抄』(文永9年4月15日・589㌻)

祈祷抄』(文永9年・622㌻)

最蓮房御返事(祈祷経送状)』(文永10年1月28日・641㌻)

諸法実相抄』(文永10年5月17日・664㌻)

当体義抄』(文永10年・692㌻)

当体義抄送状』(文永10年・703㌻)

立正観抄』(文永12年2月・766㌻)

立正観抄送状』(文永12年2月28日・773㌻)

十八円満抄』(弘安3年11月3日・1,513㌻)

の12編をあげることができます。

 大聖人様は、文永8年9月に佐渡に着かれました。最蓮房は前述したように、その半年後の2月の入信です。1月16日・17日にあった「塚原問答」が縁となったかも知れません。最蓮房が入信直後に、御法門のことで質問したことに対して、『生死一大事血脈抄』が与えられていることからも、過去に誤った宗派の僧侶であったとは言え、仏法を深く極めていたことと、正法を求める強い道心の持ち主であったことが想像されます。

生死一大事血脈抄』では、

総じて日蓮が弟子檀那等自他彼此(じたひし)の心なく、水魚の思ひを成して異体同心にして南無妙法蓮華経と唱へ奉る処を、生死一大事の血脈とは云ふなり。然も今日蓮が弘通する処の所詮是なり。若し然らば広宣流布の大願も叶ふべき者か」  (御書514㌻)

相構(あいかま)へ相構へて強盛の大信力を致して、南無妙法蓮華経臨終正念と祈念し給へ。生死一大事の血脈此より外に全く求むることなかれ。煩悩即菩提・生死即涅槃とは是なり。信心の血脈なくんば法華経を持(たも)つとも無益なり」 (御書515㌻)

等の御文で、「総じての信心の血脈」を御教示です。

草木成仏口決』には、

一念三千の法門をふ(振)りすゝ(濯)ぎたてたるは大曼荼羅なり」 (御書523㌻)

との御文があり、大聖人様が御図顕される御本尊様の御事が述べられております。『草木成仏口決』は『開目抄』や『観心本尊抄』が著される直前の御書です。この時点で大曼荼羅に触れられていることから、御本仏の御境界を拝するものです。

最蓮房御返事』には、

其れに付けても法華経の行者は信心に退転無く身に詐親(さしん)無く、一切法華経に其の身を任せて金言の如く修行せば、慥(たし)かに後生は申すに及ばず、今生も息災延命にして勝妙の大果報を得、広宣流布の大願をも成就すべきなり」 (御書642㌻)

とあり、病気が治るように、と御祈念を願い出た最蓮房に、日蓮の教えるとおりに信心に励めば、来世は勿論のこと、現世にも元気で長生きする大功徳を受けることができる、元気になって広宣流布の大願を成就しよう、との励ましのお言葉があります。

諸法実相抄』には、

日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と唱へしが、二人三人百人と次第に唱へった(伝)ふるなり。未来も又しかるべし。是あに地涌の義に非ずや。剰(あまつさ)へ広宣流布の時は日本一同に南無妙法蓮華経と唱へん事は大地を的とするなるべし」 (御書666㌻)

と、末法で大聖人様ただお一人で南無妙法蓮華経と唱え始められましたが、二人三人と後に続き、広宣流布は必ず達成されるとの大確信を示されています。

当体義抄』には、

正直に方便を捨て但法華経を信じ、南無妙法蓮華経と唱ふる人は、煩悩(ぼんのう)・業(ごう)・苦の三道、法身・般若・解脱(げだつ)の三徳と転じて、三観(さんがん)・三諦(さんたい)即一心に顕はれ、其の人の所住の処は常寂光士(じょうじやっこうど)なり」 (御書694㌻)

のお言葉で、煩悩に支配された凡夫の心であっても、過去の悪業が我が身に積もり重なっていようとも、これまでは苦難や苦悩の人生であろうとも、一筋に御本尊様を受持すれば、悪業も善業に、苦しみも楽しみに、悪い煩悩は良い煩悩に変わり、仏だけが悟ることができるとされる三観三諦が、即座に御本尊様を受持する人の身に具わる。その時には貴方の住むところは仏の国に変わる、と功徳の現証を教えて下さいます。

立正観抄』は、

当時の天台宗で、摩訶止観が法華経より勝れている、との邪義が弘まっていたことを破折された書です。

十八円満抄』には、

末法に入って天真独朗の法を弘めて正行と為さん者は、必ず無間大城に墜ちんこと疑ひ無し。貴辺年来の権宗を捨て、日蓮が弟子と成り給ふ。真実、時国相応の智人なり。総じて予が弟子等は我が如く正理を修行し給へ。智者・学匠の身と為りても地獄に墜ちて何の詮か有るべき。所詮時々念々に南無妙法蓮華経と唱ふべし」 (御書1,519㌻)

との大切な御文があります。

 意訳をしますと、末法の現在、天台が説いた像法時代の教えである「天真独朗」を弘め、それを正行とする者は必ず無間地獄に堕ちます。貴辺(最蓮房)はそのような教えを捨てて日蓮の弟子となりました。貴方は永遠に変わることのない智慧のある人です。すべての日蓮の弟子達は、私のように正しい教え、筋道の通った教えを修行しなさい。世間に広まっている誤った宗教の修行に励み、知恵の優れた人である、と尊敬され、学者であると讃えられるような身分になっても、地獄に墜ちてしまっては何のための修行かわかりません。要は、常に南無妙法蓮華経と唱えることにつきます。

 最蓮房についての委しいことは伝えられておりません。委しいことというのは、出身地や年齢や経歴のことです。しかし、ここに挙げました12通の御書から、最蓮房の信仰を知り、そして学ぶことができます。

所詮時々念々に南無妙法蓮華経と唱ふベし」からは、<いつもお題目を忘れないこと>を、また「我が如く正理を修行し給へ」からは、<日蓮の教えを周りに伝える修行に励みなさい>ということを。

 お題目を唱え、折伏を忘れない人生であれば、「現世安穏・後生善処」です。

 素敵な来世を思い浮かべ、辛く苦しいことの多い現世ではありますが、上を向いて生き抜いてまいりましょう。

(朔日講〔聖寿803年11月1日〕にて)