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「日目上人辞世の御歌」

代々を経て 思いを積むぞ 富士の根の 煙よ及べ 雲の上まで

《元弘31115日》

 日目上人の申状に認められた元弘三年(1333年)は、後醍醐天皇が鎌倉幕府を倒して天皇親政が復活した年です(「建武の新政」)。

 日目上人は国家諌暁四十数回と伝えられておりますが、この元弘3年を天皇家(当時の国主)折伏の好機とお考えになり、74歳というご高齢で、しかも冬に向かう11月に、総本山大石寺をあとにして、京を目指して旅立たれました。お供は日尊師と日郷師でした。

 しかし、京を目前にした美濃(岐阜県)の垂井で御遷化になりました。垂井は関ヶ原の近くで、日本海からの風の通り道になっており、寒さが厳しく雪の多い地域です。この時、お供をした日郷師が書き残したとされる「申状見聞」には、日目上人の辞世のお歌である

代々を経て 思いを積むぞ 冨士の根の 煙よ及べ 雲の上まで

が記されております。

 また日目上人のお言葉として、次のような記述もあります。

此の申状奏せずして終に臨終す。此の土の受生所用無しと雖も、今一度人間に生れ、此の状を奏すべし。若し此の状奏聞の人、未来に於て之有らば、日目が再来と知るべし

 生涯折伏を貫かれた日目上人の御教えを忘れることなく精進を重ねましょう。

厳冬の旧暦十一月、雪の降りしきる中、後醍醐天皇を折伏するために、
京を目指して歩みを運ばれる日目上人と弟子の日尊・日郷の両師。

(目師会〔聖寿803年11月15日〕にて)