朔日講拝読御書〔聖寿803年12月1日〕
『妙法比丘尼御返事』 弘安元年9月6日 57歳 御書1,268㌻ 16〜17行目
法華経の方へ御心をよせさせ給ふは女人の御身なれども、竜女が御身に入らせ給ふか。
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<御本尊様が根本>
法華経を信じる女性には、女性の成仏を明かした竜女が御身に入り、御身の成仏が叶うでしょう。
〇竜女=八大龍王の一つで、竜宮に住む沙竭羅竜王(しゃかつらりゅうおう)の三女とされる蛇身の畜生界の衆生のことです。法華経提婆達多品第十二では、法華経以前の諸経では叶わなかった女人成仏を、竜女の姿を通して明らかにされました。
《女性の成仏は法華経のみ》
『開目抄』では、
「竜女が成仏、此一人にはあらず、一切の女人の成仏をあらわす。法華経已前の諸の小乗経には、女人の成仏をゆるさず。諸の大乗経には、成仏往生をゆるすやうなれども、或は改転の成仏にして、一念三千の成仏にあらざれば、有名無実の成仏往生なり。挙一例諸(こいちれいしょ)と申して、竜女が成仏は、末代の女人の成仏往生の道をふみあけたるなるべし」
(御書563㌻)
と説かれています。
御文の意は、「竜女の成仏は、竜女だけの成仏を明かしたものではなく、すべての女性の成仏を明かされたものです。法華経の前に説かれたすべての小乗経では、女性の成仏が許されませんでした。また、大乗教では、女性の成仏が許されているように思われますが、よくよく見ますと、女性の身を男性に改めた後に成仏する、あるいは、悪人が善人に変わってから成仏をする、という改転の成仏です。これは女人や悪人がその身のままの、即身成仏ではありません。名前だけが有る、実は無い、という成仏・往生です。竜女の成仏は、一つのことを挙げて諸々の例とするもので、末代の女性の成仏・往生の道を開いたことになります」という大変ありがたいものです。
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《竜女の即身成仏》
竜女の即身成仏を明かした法華経提婆達多品第十二には、
「変成男子」の一文があります。このー文から、即身成仏ではなく「改転の成仏」ではないかとの不思議に思うかも知れません。このことについては、天台大師が『法華文句』で、
「この世の中の人々は、女性や畜生界の衆生の即身成仏を理解することは難しいので、巧みな方便を用いて人々を導いている(趣意)」と述べております。っまり、ここで仏が用いられた「変成男子」の巧みな方便は、「一切衆生・皆成仏道(いっさいしゅじょう・かいじょうぶつどう=法華経を信じ、法華経を受持するすべての衆生は仏に成れる)」・一念三千の教えが素晴らしいものであり、阿弥陀経や大日経や般若心経などの爾前経を遙かに超える尊いものであることを私たちに知らしめるためである、ということです。
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《提婆達多品での対話》
提婆達多品第十二には次のような問答があります。
智積菩薩:文殊菩薩さん。貴方が竜宮で仏に導いた衆生はどのくらいおりますか。
文殊菩薩:その数は無量で数えることができません。口に出すことさえできないほどです。
智積菩薩:それは素晴らしいことです。
文殊菩薩:私は海中で常に妙法蓮華経だけを説きました。
智積菩薩:諸経の中の宝であり、希有の法華経を修行して仏に成った者がおりますか。
文殊菩薩:竜王の8歳になる娘が菩提心を起こし不退転を得ました。そして衆生のことを赤子のように大切に思い、法を説いています。
智積菩薩:覚りを得るには長い間の難行苦行が必要なのに、8歳の娘が正覚を得たことは信じられません。
〔智積菩薩の言葉が終わるか終わらないうちに、竜女は竜宮から霊山の仏の前に出現し、仏に拝謁して〕
竜女:私が文殊菩薩の説法を聞いて覚りを得たことを仏はご承知してくださっているでしょう。私は大乗の教えを広めて苦しみの中にある衆生を救う誓願を立てます
〔この時、霊鷲山で仏の横に控えていた舎利弗が竜女に向かって〕
舎利弗:貴女は法を聞いて直ちに覚りを得たといいますが、女性は穢れた身であり、法を受ける能力が劣っています。したがって、長い間修行を重ねた後でなければ覚りを得ることはできないはずです。しかも女性には、覚りを開くためには乗り越えなくてはならない五障という五つの差し障りがあります。どうして仏の身となることができましょうか。
〔竜女は答える前に、手にしていた宝珠を仏に差し上げ、仏は即座に受けとられた。その後に、竜女は智積菩薩と舎利弗に向かい〕
竜女:仏が宝珠を受けとられたのは速かったでしょうか、それとも遅かったかでしょうか。
智積菩薩・舎利弗:とても速いものでした。
竜女:舎利弗さん、貴方の神通力で私の成仏を見て下さい。私の成仏は、仏が宝を受けとられる時間よりも、もっと速かったのです。
〔次の瞬間、竜女は女性の姿から男性の姿に変わり、菩薩の行を具えて南方無垢世界に往き、一切衆生のために妙法を説いた。その姿を見た娑婆世界の衆生は、竜女を敬い、手を合わせた。この時、無量の衆生が法を聞き不退転となり覚りを得た。その姿を見た智積菩薩や舎利弗を始めとする一切衆生は、竜女の成仏を信じて受け入れた〕
概略ですが以上のように仏、竜女、文殊菩薩、智積菩薩、舎利弗の対話があります。
このことから、竜女が「変成男子」の姿を顕す前に成仏をしていたことが明らかです。先に挙げました天台の巧みな方便とは、女性は成仏できない、とされていた爾前経を打ち破る上での方便であり、また当時のインドにあった男女差別を乗り越えるための方便であったと考えられます。現在でも世界中で男女の差別があります。日本でもそうですが、インドではさらに差別が激しいと言われております。三千年前であれば尚更でしよう。そのような時代に、法華経には「男女平等」が説かれ、人々の苦しみを救ったのです。大聖人様の「男女はきらうべからず」とのお言葉を胸に、折伏に励むことが竜女の跡を継ぐ御信心です。
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《竜女の誓い》
折伏が竜女の誓いであることを『祈祷抄』では次のようにお示しです。
「竜女は我が仏になれる経なれば仏の御諌(いさ)めなくとも、いかでか法華経の行者を捨てさせ給ふべき。されば自讃歎仏の(げ)には『我大乗の教へを闡(ひら)いて苦の衆生を度脱せん』等とこそ、すゝませさせ給ひしか。竜女の誓ひは其の所従の『口の宣(の)ぶる所に非ず、心の測るに非ず』の一切の竜畜の誓ひなり」(御書626㌻)
この御文の意は、「竜女は、私が仏に成ることが叶うお経であれば、仏から(法華経の行者を守りなさいと)戒められなくとも、どうして法華経の行者を見捨てるようなことをするでしょうか。竜女が法華経の功徳を歎(たた)え、自らの成仏を讃(たた)えた言葉に、『私は法華経の教えを弘めて、悩み苦しむ人々を救いたい』等と勧めることを強く誓いました。この竜女の誓いは、法華経の会座で成仏を許された他の畜生界の衆生の誓いでもあります」と拝されます。
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《まとめ》
今月の拝読御書の御文の、「竜女が身に入らせ」との仰せは、このような竜女が、妙法尼の身に入り、貴女を守ってくださる、との意味で拝することができます。また、貴女は尊い法華経の信仰をしているのですから、竜女と同じように、すべての人々に法華経を勧める使命があります、と拝することもできます。自行と化他の両面から南無妙法蓮華経と唱える私たち法華講衆にとっては、後の解釈が相応しいように私は考えます。
今年最後の朔日講になりました。元旦早々に能登を襲った地震や、豪雨被害、猛暑にも見舞われました。秋の訪れが遅かったせいか、12月に入ったとの感覚がありません。皆さまはどのような心持ちでしょうか。
それでも聖寿804年のお正月はまいります。新しい年を明るく迎えるためにも、日蓮大聖人様の打ち立てられたー念三千・十界互具の教えを受持して、我が生命の奥底にある仏界を覚知することができるように努力をいたしましょう。季候や政治や経済、地域社会や家族関係などの様々な環境の中にあっても、悠々と乗り越えて行くことができるようになるのが仏の境界です。それを実現することのできる三大秘法の御本尊様の功徳です。
功徳は願いを叶えることでもあります。夢と希望を現実にすることができますように、互いに励んでまいりましょう。
(朔日講[聖寿803年12月1日]にて)