拝読御書[聖寿804年3月1日]
「上野殿後家尼御返事」 文永2年7月 44歳 新編御書338頁
いかにもいかにも追善供養を心のをよぶほどはげみ給ふべし。古徳のことばにも、心地を九識にもち、修行をば六識にせよとをしへ給ふ。
<拝読の要点> 幼子を抱え夫を亡くした上野尼に与えられた御書です。追善供養に励むこと、その追善供養が仏道修行であることを教え、励ましてくださっています。
※ 三世を信じるメリット
○精神的な安心感と希望=来世があると信じられると、不安や死の恐怖を和らげる。
○倫理観・道徳観の向上=来世で報いを受けると思うことで、誠実に生きられる。
○困難への耐性がつく=今の試練は来世のためと考えることで苦難を乗り越える。
○死別の悲しみを和らげる=来世での再開を思えば、別れの辛さが軽減され、死は新しい旅立ちである、と捉えることで死の苦しみが和らぐ。
○目的意識が高まる=来世があることを信じられれば、来世に向かって何をすべきか、などの前向きな生き方につながる。
※まとめ
来世を信じることで、現世での精神的な安定や道徳意識の向上をはかることが可能となる。そして人生の充実感が得られる。
○信じないことのリスク=仮に来世がなかったとしても、信じたことで有意義な現世を生きられたのであれば損はない。来世があった場合には、信じなかったことを後悔するので損をした、と思うかもしれない。
◎来世が本当にあった場合⇒信じていた人は安心し、信じなかった人は驚く。
●来世がなかった場合⇒信じていた人は何も損をせず、希望を持って生きられた。この理屈から、「信じる方が得」という結論になる。
※デメリット
○現実逃避につながる=どうせ来世があるから、今世の苦しみは我慢すればいい、我慢させればいい、と現在の問題に向き合わなくなるリスクがある。運命だからと諦め、変えられることでも受け入れてしまい、成長や変化のチャンスを逃すことになりりかねない。
○社会的不平等を正当化する危険性=今の境遇は過去世の結果、という考え方から、病気や貧困を前世の悪業として、不平等や差別を容認する理由になりかねない。本来助け合うべき状況でも、「人の業だから」と突き放してしまうかも知れない。
(広布唱題行[聖寿804年3月2日]にて)