『上野殿御返事』 建治元年5月3日54歳 (御書824㌻) さつき(5月)の二日にいも(芋)のかしら(頭)いし(石)のやうにほ(干)されて候を一駄、ふじ(富士)のうえの(上野)よりみのぶ(身延)の山へをくり給 ...
『立正安国論』 文応元年7月16日 39歳 夫(それ)釈迦の以前の仏教は其の罪を斬ると雖も、能仁(のうにん)の以後の経説(きょうせつ)は則ち其の施を止む。然れば則ち四海万邦(ばんぽう)一切の四衆、其の悪に施さずして皆此 ...
『曾谷二郎入道殿御報』 弘安4(1281)年閏7月1日 62歳 (御書1,564㌻) 設ひ身は此の難に値ふとも心は仏心に同じ。今生には修羅道に交はるとも後生は必ず仏国に居(こ)せん。 = 来世を信じよう = 仮に我が身が ...
『聖愚問答抄』文永5年47歳 (御書407㌻) 嬰児に乳をふくむるに、其の味をしらずといへども自然に其の身を生長す。医師(くすし)が病者に薬を与ふるに、病者薬の根源をしらずといへども服すれば任運(にんぬん)と病愈(い)ゆ ...
『当体義抄』 文永10年 52歳 (御書694㌻) 正直に方便を捨て但法華経を信じ、南無妙法蓮華経と唱ふる人は、煩悩(ぼんのう)・業(ごう)・苦の三道、法身・般若(はんにゃ)・解脱(げだつ)の三徳と転じて、三観(さんが ...