『四条金吾女房御返事』 文永12年1月27日 54歳 御書757㌻ 三十三のやくは転じて三十三のさいはひとならせ給ふべし。七難即滅七福即生とは是なり。年はわかうなり、福はかさなり候べし 〔ピンチはチャンス〕 ...
続きを読む☆副教材〔四条金吾プロフィール・これは、聖寿802年御報恩御講に配付したものです〕 〇誕生=寛喜元年(1229年) 大聖人様より8歳年下にあたる。 〇寂年=永仁四年(1296年)4月25日 享年68。 〇正式な呼び名=四 ...
続きを読む《善知識を考える》 ☆大聖人様のおカはすべてを善知識に変える仏力・法力 『種々御振舞御書』 (御書・1,063頁) ①相模守殿こそ善知識よ。平左衛門こそ提婆達多よ。 《意訳》 日蓮が仏に成るための善知識(よき師であり、仏 ...
続きを読む朔日講拝読御書〔聖寿803年12月1日〕 『妙法比丘尼御返事』 弘安元年9月6日 57歳 御書1,268㌻ 16〜17行目 法華経の方へ御心をよせさせ給ふは女人の御身なれども、竜女が御身に入らせ給ふか。 ■ <御本 ...
続きを読む広布唱題行拝読御書 聖寿803年12月1日 『四条金吾殿御返事』(新編御書・1,180頁) 日蓮は少きより今生のいのりなし。只仏にならんとをもふ計りなり。されども殿の御事をばひまなく法華経・釈迦仏・日天に申すなり。其の故 ...
続きを読む代々を経て 思いを積むぞ 富士の根の 煙よ及べ 雲の上まで 《元弘3年11月15日》 日目上人の申状に認められた元弘三年(1333年)は、後醍醐天皇が鎌倉幕府を倒して天皇親政が復活した年です(「建武の新政」)。 日目 ...
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